» 2011 » 11月

2011/11/28 月曜日

勝利の行方

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:27:27

今では誰もが御存知のスポーツメーカー、《ナイキ》
1946年、フィル・ナイト(現・会長)と、ビル・バウワーマンの共同出資によって創設された、《ブルー・リボン・スポーツ社》が前身です。

始まりは小規模な運動靴の販売会社でした。
輸入した靴を販売するかたわらで、自社による新たなスポーツ・シューズの開発を続け、完成時に新商品とともに社名も新しいものにしようと考えたそうです。
候補は いろいろあったようですが、採用されたのはギリシャ神話の勝利の女神【ニケ】を英語読みにした【ナイキ】でした。
自社のスポーツ・シューズが選手たちの“勝利の女神”となるように──。
そのような思惑から選ばれたのだといいます。
同時に作られた翼のようなマークは、キャロライン・ダヴィッドソンという美術学生が考案したものです。
世界中に知られた有名な このマークも、実は当時のスタッフからは不評でした。

ところが会社は またたくまに業績を伸ばし、現在では知らない者などいないほどです。
勝利の女神【ニケ】は、スポーツ・シューズを使う選手たちに勝るとも劣らない微笑みを同社へ投げかけたのかもしれません。

2011/11/14 月曜日

とおりゃんせ とおりゃんせ

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:14:56

新生児や乳幼児の死亡率が現在とは比較にならないほど高かった時代、子供は7歳まで“神の子”と見なされていました。
子供が7歳に満たないうちに亡くなった場合、本葬は行わなかったといいます。
無事に7歳まで成長すると、宮参りをして、氏子入りをするという段取りでした。
【七 五 三】の お参りにも、このような背景が絡んでいます。
女児は3歳で着物の帯を結ぶ【帯結び】という儀式が行われ、また、男児も女児も3歳頃から髪を結いました。
男児が5歳になると初めて袴を身に付けた武家の風習から、現在の【七 五 三】でも、5歳の祝いのメインは男児です。
そして無事に7歳を迎えると、幼年期の最後を祝福する行事として晴れ着に身を包み、氏神にお参りをしました。
これによって氏神から、また地域社会からも、認められたわけです。
千歳飴は その長さを長命の象徴とした縁起物で、売り出されたのは江戸時代からでした。
江戸時代中期以降になると【七 五 三】の祝いは盛んになり、江戸の神社は親子連れの参拝者で にぎわっていたそうです。
相応に裕福な市井の人々は、ここぞとばかりに子供の晴れ着を奮発したといいますから、現代風にいうと子供たちにDCブランドばりのお洒落をさせたようなものでしょう。

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