» 2011 » 6月

2011/6/27 月曜日

フィレンツェ人の名より

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:17:18

アメリカ大陸を“発見”したのはコロンブスです。
日本では英語読みに近い【クリストファー・コロンブス】と表記されますが、彼はイタリアのジェノヴァ出身なので、イタリア語では【クリストーフォロ・コロンボ (Cristoforo Cplombo)】になります。

コロンブスによってアメリカ大陸が発見されたのは 1492年。
しかし彼は そこが新大陸だとは考えず、インドだと信じ込んでいたという話は有名です。

その後の 1501年、同じくイタリアのフィレンツェ出身のアメリゴ・ヴェスプッチは、南アメリカの大西洋岸を航海しました。
ヴェスブッチも、そこがインド(インディアス)とは個別の独立した大陸だということを知っていたかどうかは今となっては謎ですが、彼が“アメリカ大陸の発見者”だということになってしまったのです。

1507年、ドイツの地理学者 マルティン・ヴァルトゼーミュラーが、世界最初の“アメリカ大陸が描かれた地図”を作ります。
“アメリカ大陸の発見者”と位置づけられた アメリゴ・ヴェスプッチの名にちなみ、アメリゴのラテン語読みの女性形【アメリカ】の名称を提案したのだとされています。
コロンブスは この地図が作られた前年の 1506年、自身が辿り着いた大陸をインドだと思ったまま亡くなりました。

2011/6/13 月曜日

財務長官

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:41:08

18世紀、ルイ15世の頃のフランスは、諸外国と相次いで戦火を交えていたために国家予算の多くが軍事費へ注ぎ込まれ、財政は困窮していきました。
フランス皇太子(後のルイ16世)とオーストリア皇女、マリア・アントニア(マリー・アントワネット)の政略結婚も、双方国家にとって和平締結のためという側面があったのです。

日増しに困窮を極めていく中、新たに登用された財務長官は、これまでにない緊縮政策を試みます。
しかし特権階級に属する者から税金を徴収しようとして高等法院に拒絶され、道を阻まれ、結果として一般庶民への より強引で過酷な課税をするに至り、辞任へと追い込まれてしまったのです。

あるとき恒例に倣い、この財務長官の肖像画を描くことになった際、金融政策に苦慮してきた彼は言ったそうです。
「肖像画を描かせるなど費用の無駄だ」
「どうしても描くというなら、黒塗りの影絵でいい」
そして実際に、輪郭だけを描かせ、中を黒い絵の具で塗りつぶした絵で済ませてしまいました。
この財務長官の名は、エティエンヌ・ド・シルエット。
このようなエピソードによって、黒く塗りつぶした影絵のことを“シルエット”と呼ぶようになったのです。

 

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