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2006/10/23 月曜日

数えていると日が暮れる???

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 1:23:47

千の手と千の眼で衆生を救うとされるのが千手観音です。
ひとつ ひとつの掌に眼を持っているため、千手千眼観世音菩薩(せんじゅせんがんかんぜおんぼさつ)ともいいます。
古い時代の像は大きい手が40本、小さい手が960本、合計1000本で作られていましたが、近年では実務的な煩雑さを理由に多くの像が42本の手になっています。

左右の21本の手のうち、胸の前で合わせているものと腰の部分で宝鉢を持っているものをそれぞれ対で1本と解釈し、40本というとらえ方だそうです。
それらの40本で、すべての世界という意味の“25有界”の衆生を救済する ──。
そのように考えられ、40 × 25 = 1000 ということになります。

千手観音の手にはすべてに名まえがあり、『人々から慕われる』 『財を成す』 『智慧を司る』などの意味を持っているのだそうです。

1000本の手を持った古来からの様式の像では、奈良の唐招提寺金堂の千手観音が有名です。
左右に500本ずつ、隙間ないほどに1000本の手がついています。

2006/10/10 火曜日

現在は『たたまず』

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 4:37:56

『起きて半畳。 寝て1畳』
こんな言葉を見聞きしたことのある人は多いのではないでしょうか。
人ひとりの占有スペースは、そう表現されます。

日本人が畳を使い始めたのは奈良時代だといいます。
当時の家屋の床は板敷きで、畳は今の布団のように使用されていました。
使わないときには『たたむ』ところから、畳と呼ばれたのです。
1畳が ひとりの最小生活空間で、畳の縁は占有スペースの境界線に相当するものでした。
畳の縁を踏んではいけないというタブーは、いわば『他者の領地を侵犯すべからず』という意味合いでもあったわけです。

また、武家作法の名残りという説もあります。
床下に忍びの者が潜んでいることもあった武家屋敷では、畳の縁を踏むと、刀などで(床下の潜入者から)刺される危険性をはらんでいたのです。
もっとも、普通の民家では そのようなことはありませんから、武家屋敷の逸話に則った躾けの一環と考えるのが妥当でしょう。

地方によっては、畳の縁が傷まないようにするためだともいわれます。
さらには、昔の畳は縁の部分が やや盛り上がっていたため微小ながら段差が生じ、盆や膳などを持って歩くとき、不用意に縁を踏むと つまづいてしまう おそれもありました。
そのような生活の知恵として、縁を踏まないように注意したという説も有力です。

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