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2018/4/16 月曜日

二枚貝

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:41:41

ゴールデン・ウイークの頃になると潮干狩りのシーズンでもあり、磯遊びに出かける家族連れのニュースも流れます。
最近はあらかじめ砂浜に養殖物や輸入物の貝を埋めておくことが多いようですが、掘り出す楽しみは変わらないようです。

アサリやハマグリといった二枚貝は火を通した際に口が開きます。
ところがたまに閉じたままのものが見つかります。
これは“調理前に死んでしまっていた貝”で、食べてはいけないと教わった方々も多いと思います。
死んでしまった貝は“貝毒”を含んでいる場合があるのです。

とはいっても、何かの毒で貝が死んだわけではありません。
“貝毒”は、貝類が餌として取り入れた有機プランクトンが作り出す成分で、それによって貝自体が死ぬことはないのです。
ただし、人体に対しては毒性を持ちます。

フグ毒(テトロドトキシン)と似たような症状が出る“麻痺性貝毒”は、食後30分から1時間もすると吐き気や痺れなどに襲われ、最悪の場合は呼吸麻痺によって死に至る怖いものだそうです。
加熱処理で死滅する通常の細菌類とは異なるため、注意を要します。

死に至るほどではなくとも、“下痢性貝毒”や“神経性貝毒”など、危険な毒性を持つことも多いといいます。
加熱した後も閉じたままの貝を食べてはいけないというのは、それだけの危険が考えられるからです。
また、万が一、貝を食べた後で吐き気や下痢などの症状が出たようなときは、やはり、すみやかに医師の診察を受けるのが最善策といえます。

2018/3/19 月曜日

イメージ

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:24:32

近年、巷間で囁かれるキーワードの1つに、草食系男子という語句があります。
女性に対する関心が低く、恋愛に消極的で、インドア派などの特徴が掲げられます。
ホステスさんが接待するような酒場や、風俗店で お金を使うことも無駄だと思っているらしく、その分は自身の趣味に費やす傾向です。

そういったタイプの若年層の男性を草食動物に見立てるところが、いかにも『人類ならでは』の譬えだといえましょう。
草食動物に対し、あるいは“草食”という言葉に対し、人は『脆弱なもの』 『捕食される側』というイメージを強く持っているせいではないかと考えられます。

自然界において草食動物が肉食動物に捕食されることは事実です。
しかし それだけに、むしろ肉食動物よりも強い繁殖力を有しています。
草食動物の繁殖力が肉食動物より劣っていたなら、種の保存が危ぶまれてしまいます。

もちろん同種の草食動物間における、繁殖シーズンのオスの戦いは壮絶なものがあります。
最近の“おとなしい男性”を草食系などと表現してしまっては、ウマに蹴飛ばされ、サイに頭突きされ、カバに咬みつかれ、ゾウに踏み潰されてしまうことでしょう。
シカの角で突き刺されてしまうかもしれません。

人の持つイメージと異なり、実際の草食動物は なかなか どうして。
決して『おとなしい』だけの生きものではないのです。
人類よりも昔から地球上に棲息してきたのですから。

2018/2/19 月曜日

サトウキビ

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:29:02

カクテルのベースや洋菓子のアクセントとして使用頻度の多いラム酒は、西インド諸島のサトウキビを原材料とするカリブ海地域の蒸留酒です。
16世紀初頭にやってきたスペイン人がサトウキビの糖蜜を発酵させ、蒸留して作ったのが始まりだといわれています。
その後サトウキビ栽培地の拡大に伴い、南北アメリカ、アフリカに広がり、現在では世界各地で作られている酒の1つになりました。

ラム酒の『ラム』の語源については諸説あるようです。

サトウキビはラテン語で『サッカルム(Saccharum)』といい、その語尾から『ラム』と呼ぶようになったというもの。
また、最初に西インド諸島でラム酒が作られた1600年代中頃、その酒を島民が誰となく『ラムバリオン』と呼んだというものもあります。

しかし『ラムバリオン』という語句は、元々『乱痴気騒ぎ』『興奮』などの意味を持つイギリスのデボンシャー地方の方言で、ドレイク率いる英国海軍がスペイン無敵艦隊を破り、上陸した島で発見した酒を飲み、文字通り勝利の美酒に酔い、大騒ぎをしたからだともいわれます。

他には英国海軍の酒好き提督、オールド・ラミー(飲んだくれオヤジ)にちなんでいるという説もあるようです。

2018/1/22 月曜日

支払い

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:07:18

飲食店で勘定を支払う際、わけ知り顔で『オアイソ』と言う者がいます。
『愛想』に丁寧語の『お』をつけた『お愛想』のことですが、これは本来、客が言う語句ではありません。

「お勘定を」
と言う客に対し、店の者が
「お愛想ですね」
と返すのが本来の やり取りです。

元々『愛想』とは浮かんできた考えや想念に執着するという意味の仏教用語で、固執して とらわれてはいけないとされました。
つまり決して良い意味ではなかったのですが、いつも不機嫌そうな対応をする者を『まったく愛想のない人だ』などと言うように、現在では『愛想』が好ましいものとして分類されます。

この変遷には遊郭が大きく関わっていたようです。
祇園の遊女たちが仏教用語を気の利いたふうに使い始めたところ、いつのまにか それが一般にも流行り、広く使われるようになっていったと考えられています。
商売上、客の気を引く素振りは重要であるため、『愛想を振りまく』わけです。
客も すっかり御執心となり、足繁く通うといった寸法です。
その逆が『愛想尽かし』で、略して『お愛想』といいます。
帰っていく客を(たとえ内心では せいせいしたと思っていても?)残念そうな素振りで
「あら。 もう、お愛想(尽かし)ですか。 お名残惜しい」
と送り出したようです。

このような経緯から、酒場を始め、一般的な飲食店でも“勘定を払って帰っていく客”に『お愛想ですね』と言うようになっていきました。
客の側が『勘定をお願いします』のつもりで『オアイソ』と言ってしまっては誤りなのです。

2017/12/18 月曜日

農業政策

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:04:56

『寒仕込み』や『寒造り』と表現されるように、日本酒は寒い季節に造ります。
酒(日本酒)は【御神酒:おみき】の名でも知られるように、本来は神事や先祖を祀る行事ごとに仕込み、供物にされていたものだったのです。
中世の頃には四季に応じた醸造法があり、春酒、夏酒など、それぞれの季節特有の美味い酒造りを行っていました。

冬の酒造りは江戸時代になってからのことで、これは幕府の農業政策によるものです。
かつては現在とは比較にならないほど豊作・凶作の差がありました。
原材料となる米の作柄に応じて、秋の刈り入れ後に酒の醸造用へ割り当てる分を決め、食糧不足を招かないようにしていたそうです。

この政策の結果、季節労働者としての杜氏が誕生するに至ります。
冬が農閑期でもあったことから、都合も良かったというわけです。
江戸時代中期には【醪:もろみ】から絞った酒(原酒・濁酒)を発酵が進みすぎて酢にしてしまわないよう、貯蔵法が発達していったことも、大きな理由の1つでした。

以来、12月から2月頃までの寒い時期に酒を仕込むことが習慣となり、継承されてきているのです。

2017/11/20 月曜日

47

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:43:47

全国47都道府県。
つまり、1都・1道・2府・43県です。
何故すべて同じ名称ではないのでしょうか。

1871年(明治4年)の廃藩置県により、藩が県に改められることとなります。
その際、新たに『府』と『道』が設けられました。
『府』という呼び方は中国の行政区画で県の上を示すもので、東京、京都、大阪が『府』となったのです。

東京が『都』になったのは1943年(昭和18年)のことで、戦時下における首都機能の簡略化を目的に、東京府と東京市を合体させ、東京都にしたのだそうです。
北海道は1869年(明治2年)に、かつての蝦夷地という名称を改められています。

それまで(県に相当する)藩が全地域にはなかったため、天皇が政治の中心となっていた律令時代の行政区分の名『道』がつけられたのです。
一説によると、これを提唱したのは江戸後期の水戸藩主・徳川斉昭だとされます。

2017/10/16 月曜日

使用期限

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:35:44

火災に遭っても内部に損傷が及ばずにすむという耐火金庫。
実は20年という使用期限があり、それ以上の年月が経つと充分な耐火効果が得られません。

耐火金庫に使用されている耐火材には大量の水分が含まれていて、その水分が内容物を熱から守っているのです。
金庫の壁面に注入された特殊素材(発泡コンクリート)は化学反応で膨張し、隅々まで行き渡るのですが、乾ききらないうちに密閉されます。
このときに残った水分が火災で熱が加わった際に水蒸気となって噴き出し、金庫の内部を冷却する仕組みになっているわけです。

水分は年月の経過によって少しずつ抜けていってしまうため、古くなれば金庫内を冷却するには不充分な量に減っていってしまいます。
そのような背景から、20年という使用期限が設けられているのです。

規格が設定されたのは2000年1月でした。
阪神淡路大震災時に古い金庫の多くが燃えてしまったことが契機となり、その後、耐火金庫の規定が厳格になりました。

2017/9/19 火曜日

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:35:13

各国の銀行、証券会社、保険会社などが所狭しと建ち並び、世界の金融の中心地として名高いウォール街。
目に見えない壁が、零細企業の進出を阻んでいる???
いいえ。
かつては実際に“壁”が存在していたのです。

アメリカ合衆国独立以前の17世紀初頭、ニュー・ヨークは“ニュー・アムステルダム”と呼ばれていました。
その名が示すように この地域がオランダの植民地で、西インド会社がマンハッタンに駐在員を派遣していたそうです。
現在のウォール街周辺には約1,000人のオランダ人が居住していたといいます。

ヨーロッパから移住した者にとっての不安は、先住者である“本来のアメリカ人”(かつて“アメリカインディアン”と総称されていた、アパッチ族、スー族、チェロキー族などのネイティヴアメリカン)が土地を取り戻しに襲撃してくるのではないかというものでした。
土地を奪った者故の身勝手な不安といってしまえば それまでですが、不安を抱えたままでは平穏に暮らせません。
そこで、ペーテル・スツィフサントなる人物が この地区を木の塀で囲い、先住者の侵入を防ごうとしたわけです。

ところが襲撃されることもなく、無用の長物となった“壁”は1650年を過ぎる頃に腐り、倒れた痕跡が農道のような形になって残りました。
これがウォール街と呼ばれ、現在に至っているのです。
銀行、証券会社、保険会社が進出し始めたのは1830年代以降のことで、株式会社のなかった時代は、主にトウモロコシや小麦粉といった農作物、また“奴隷”の取引のために、商人たちが集まっていた場所でした。

2017/8/21 月曜日

積乱雲

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:14:20

最高気温が30℃を超す日を真夏日、近年では35℃以上の猛暑日なる気象用語まで登場しましたが、急激な気温の上昇と共に大気が不安定になると、激しい雷雨に見舞われることは少なくありません。
これも新たに使われ、あっという間に定着したゲリラ豪雨が、日々どこかで発生しています。

普通なら午後6時頃でも まだ薄明るい この時季、日没前にもかかわらず急に空が暗くなり、どこからともなく雷鳴が響き出してきます。
夏の雲といえば青い空と白い雲を連想しますが、激しい雷雨をもたらす雲は黒く暗い雲です。

細かな水蒸気や氷の粒が集まり、雲ができます。
元来、雲は無色透明なものなのです。
太陽の乱反射により、それらは白く見えたり黒く見えたりするわけです。
層の薄い雲は太陽光が雲の下まで通り抜け、地上から白く見えます。
層の厚い雲は太陽光の殆どが層の上方で乱反射してしまい、光を遮ってしまうため、黒く見えるのです。
台風の渦状の雲を上空から撮影した画像が白く見えることからも、雲そのものは黒くないことが わかると思います。

辺り一面が急に暗くなっていき、大粒の雨が加速度的に降り出す夕立ですが、この雨雲の正体は積乱雲(入道雲)です。
積乱雲は雲の下部のほうは上空500メートルほどのところにあり、上部は上空1万メートルほどにまで達しています。
つまり、とても層の厚い雲であることから、積乱雲の内部で上昇気流が発生し、水滴が雲の内部に留まったまま どんどん大きくなっていき、一気に落下すると……。
土砂降りの雨というわけです。

遠目からは白く見える積乱雲ですが、機会があったら光の届かない雲の下の部分を観察してみてください。
意外と黒っぽく見えます。

2017/7/18 火曜日

なんとも、お気の毒に…

Filed under: 未分類 — アートメモリー @ 0:24:57

一方が予め負けることを約束し、本番では一見したところ真剣勝負を装って戦うインチキ、不正は、《八百長》と呼ばれます。

明治時代、相撲会所(現在の相撲協会)に出入りしていた八百屋の長兵衛なる人物、通称・八百長さんが、よく1の年寄の碁の相手をさせられていたそうです。
この八百屋の長兵衛さんはなかなかの腕前だったということで、年寄には簡単に勝てる実力者でした。
しかし、お得意様の年寄の御機嫌を損ねないため、いつも1勝1敗になるように手加減をしていたのです。
このことから、インチキ、イカサマが、いつのまにか《八百長》と言われるようになってしまいました。
それが転じ、勝負事の際に示し合わせてもっともらしく振る舞うことや、馴れ合いのことも《八百長》と呼ばれます。

長兵衛さんとしては商売上のお得意様に花を持たせる意味合いでしていたのでしょうが、インチキの代名詞として後世に名が残ってしまったのですから、気の毒な話かもしれません。

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