アートメモリーの豆知識カテゴリーのアーカイブ

数珠top

檀家


特定の寺院に信者として属し、お布施によりその寺院を支え、代わりに法要などを受ける家庭を檀家といいます。
檀家の『檀』は『檀那』のことであり、サンスクリット語(梵語)の『ダーナ』の音訳です。
「与えること」「与えるもの」を意味しています。


日時:2014年08月08日 16:10
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合掌と数珠


人間の歴史は手の歴史だといって言いすぎでは有りません。
人間は後ろの二本の足で立ち上がって、前の二本の足を、歩く(体を移動する)という仕事から解放しました。そして手にしてしまったのです。
人間はその二本の手で、木を切り、山をひらき、田畑を耕し、文化を作り上げてきました。二本の手で自然を破壊し、相手を傷つけ、戦争をし、人を殺してきました。
その二本の手を合わせる――と言う事は、両手で遣ってきたことの意味を深く考えると言う事です。手のひらを合わせてしまえば、或いは手を結んでしまえば、喧嘩は出来ないです。

だから、キリスト教でも、仏教でも、「手を合わせる」「手を結ぶ」ということは祈りの姿です。その祈りは平和の祈りです。仏教に向かって手を合わせる意味も全く同じです。仏壇と言うのは、毎日はお寺に行けないから、自分の家に造ったお寺です。手を合わせるということは、其処に、仏を見ることです。自分の中の仏、それに手を合わせるのです。

今からおよそ、二千五,六百年くらい前に、仏教をお開きに成ったお釈迦さまは、ヒマラヤの麓にお生まれになりました。そこの人たちは、朝晩、道で人に会うと合掌して、相手を敬い、相手の幸せをお互いに祈る習慣があって、今でもインドやネパールに行くと、皆「ナマステ」と言いながら合掌しあい、挨拶を交わします。とても真心のこもった挨拶です。その習慣が日本に伝わって、仏様やご先祖やお坊さんには合掌してご挨拶するようになりました。だから、お仏壇の前だけではなく、お父さんやお母さんや先生、お友達に向かって手を合わせて、挨拶してもおかしく無いです。

お仏壇と言うのは、自分の家でお祭りしてあるお寺です。毎朝、お寺に行けないから自分の家の中に作ったのが仏壇です。
その仏壇の中に御本尊をお祭りして有ります。その御本尊の名前を唱えています。「ナムシャカム二ブツ」とか「ナムアミダブツ」とか「ナムミョウホウレンゲキョウ」とかだと思います。
「ナム」というのは「信じてお任せします」という意味です。
「シャカム二ブツ」というのは仏教をお開きになった「お釈迦様」の事です。

何を信じてお任せするのかと言うと、例えば、私たちは息を吸ったり吐いたりして生きています。心臓も動いています。でも、これは私たちが「はい、動きなさい」と言って命令している訳では有りません。
寝ている間でもちゃんと息をしているし、心臓も動いています。
寝ている間は息や心臓も止まってしまうとしたら、心配で、心配でとても寝られません。でも、私たちはいつも「お任せ」しているから、安心して眠って居られます。
それは、息や心臓だけでは有りません。生きている事も、死ぬ事も、嬉しい事も、悲しい事も、みな、お釈迦様に「お任せ」していると、とても安心です。

じゅず」というのは、漢字では「数珠」(かずのたま)と書きます。その名前の通り、玉が沢山繋がって輪になっています。
小さい「じゅず」も有りますが、大きいのは、玉が百八個有ります。小さいのは、百八個の半分の五十四とか、その又半分の二十七とかの玉で出来ています。

どうして百八個かと言うと、それは、私たちの心には百八のわがままな心があるからです。
お釈迦様は、私たちに如何したら幸せになれるかと言う事を、教えてくださいました。
それのは、先ず、我侭な心を捨てる様にとおっしゃいました。「我侭な心」というのは「自分の思うと通りになったらいいな」「自分だけ満足で幸せならいいな」ということです。
お数珠を持つということは、何時も沢山の「我侭な心」を少しでも無くす様に努力する事です。



日時:2013年09月05日 16:49
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三界


仏教では衆生の住む世界を欲望・色界・無色界の三つに分けています。

【欲界】欲望に支配される世界、私たちの日常世界。六趣(六道)に分けられる。
【色界】欲望を超えたが、物質を離れてくらせない世界で四段階がある(初禅―四禅)
【無色界】形も何もない、瞑想によってたどりつく精神世界。四段階ある。

「三界」とは、仏教でいう過去・現在・未来のことも言われています。
私たちの身近なところに仏教語の三界を使ったことわざは

○女は三界に家なし
「女は三界に家なし」という言いかたがされます。家にあっては父に従い、嫁しては夫に従い、夫が死んでからは子にし従って、この広い宇宙全世界=三界のどこにも安住すべき家がないというのですから、女性にとってはとんでもない“ことば”です。
○「子は三界の首かせ」とは、親というものは子供のことにとらわれて、一生自由を束縛されることのたとえ。



日時:2013年03月21日 15:48
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仏陀のお弟子さんたち


お経の中で、仏が教えを説く相手を「対告衆」といいます。

仏陀の「十大弟子」のひとり舎利子は、智慧第一といわれました。
仏陀の一人息子、羅睺羅、「無量寿経」に登場した阿難は仏陀のいとこ
阿難は仏陀の入滅までずっとそばにいて秘書のような役割をしました。
いつも一緒で、仏陀の説法を一番聞いた人ということで多聞第一の形容詞がつきました。
 



諸行無常の漢詩と“いろは歌”


諸行無常の漢詩と“いろは歌”

 仏陀のことばは、いろんな形で伝えられてきましたが、詩も好んで用いられました。
その一つに「無常偈、むじょうげ」があります。わが国では数多い漢訳例のうちで、
「涅槃経」に出ているつぎの詩句がよく知られています。

  諸行無常  諸行は無常なり
  是生滅法  是れ生滅を法となす
  生滅滅巳  生滅にして滅し巳らば
  寂滅為楽  寂滅して楽となる
 
この詩句を基本にした有名な話で

「釈迦の前身といわれる若者が、雪山(ヒマラヤ)で修行をしていた時、帝釈天が鬼の姿となってあらわれ、修行が本物であるかどうかためそうと「諸行無常 是生滅法」の二句を唱えた。これをきいた修行者は感動し、ぜひあとの二句を教えてくれと頼むと、鬼は腹がへっているので、その身とひきかえなら応じよう、と「生滅滅巳 寂滅為楽」を唱えた。修行者はこの詩句をあたり一面に記して約束どおり身を投げだしたところ、鬼はもとの帝釈天の姿にもどって彼を助けた。」

先の漢訳文の意味を七五調四句にしてつくった今様歌がつぎの“いろは歌”

   色は匂へど  散りぬるを
   我が世誰ぞ  常ならむ
   有為の奥山  今日越えて
   浅き夢見じ  酔ひもせず

美しい花びらはいつかは散ってしまう運命。
この世の我々だって永遠の存在ではない。
生滅の現象世界を、いま乗り越えて悟りの境地に至れば、
はかない夢を見ることなく真実の世界をみつめられよう。
 
 この“いろは歌”は一説には弘法大師の作と伝えられています



般若波羅密多


サンストリック語 プラジュニャ―・パーラミタ―の訳語。
般若(プラジュニャー)は仏の智慧、
波羅密多(パーラミター)は彼岸(悟りをひらく)に至るという意味で
六波羅蜜といえば、彼岸に行くために菩薩が修行すべき六つの徳目のこと
(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)


日時:2013年03月08日 14:59
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涅槃とは


仏様がなくなったときの横になっている姿を涅槃姿といわれています

涅槃とはすべての煩悩がなくなり、それによる業や輪廻がなくなった状態を涅槃という。

涅槃


涅槃像


涅槃は語義的にはニルヴァーナ(吹き消すこと)、一切の煩悩の火が吹き消されている状態を指す。
原始経典に涅槃の定義説明として「貪欲の滅尽、瞋恚の滅尽、愚痴の滅尽」とされている。
 涅槃を存在論的に考えて、生滅変化のない無為法とするある宗派の考えだと、
涅槃には有余涅槃と無余涅槃の二種があるとした。
有余涅槃とは業報の残余としての肉体がまだ存在する間の状態で、仏が菩提樹下で成道されてから入滅されるまでの間を指し、
無余涅槃とは肉体の残余もなくなったものは、完全涅槃としての般涅槃(円寂)のことである。釈尊の肉体の死滅が無余涅槃とされ、後には涅槃の語によって仏などの聖者の死滅を意味するようにもなった。
涅槃経、涅槃像、涅槃会などはその用例である。これは般涅槃を涅槃としたものである。

涅槃を有余、無余の二つに分ける存在論的な見方は仏教本来のものではなく、不完全解脱、完全解脱などを説く外教の影響によるものである。
 小乗派仏教では右の二種涅槃を説いたが、中期大乗仏教ではこの二つにさらに自性清浄涅槃と無住処涅槃の二つを加えて四種涅槃とした。

 この中、自性清浄涅槃とは仏性のことであって、自性清浄心としての仏性は常・楽・我・浄等の涅槃の徳を可能性として具備しているから、その本性に従って涅槃としたのである。
無住処涅槃とは、生死に住せず、涅槃に住せず、という涅槃であって、生死を厭わず涅槃を欣わず、生死にも涅槃にも執着せずして、衆生救済の慈悲活動に挺身する状態を指したものである。
真に理想的な涅槃は無住処涅槃でなければならない。これを生死即涅槃という。


日時:2013年03月01日 17:38
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数珠108珠の意味


珠の数は「金剛頂瑜伽念誦経」に「一百八珠を最勝となす」と説かれています。

本式の数珠は108珠ですが、形式・使いがってから珠の数は2分されて54(半連の数珠といいます)、
3分して36、4分されさらに27(四半連)、18となってきました。
『陀羅尼集経』には42や21の数珠のことが、「数珠功徳経」には14の数珠も説かれています。

 108の数珠には母珠が1つのと、母珠と中珠という大きな珠によって54ずつに分けられているのがあります。
この54は、私たちの魂=珠が磨かれて光り輝くようになるまでの、煩悩を浄化させる修行の段階のことを示しています。
その54が、凡人が仏へと悟りを開く道筋を示し、残りの54は、後に続く人々に手を差し伸べる道を示しています。

 煩悩を洗い浄めて新年を迎えるために、除夜の鐘を一〇八撞くのよく知られています、また、煩悩からおこる苦しみや悲しみが36、それが過去・現在・未来の三世で、
36の3倍=108が煩悩の数という説もあります。
 
 「数珠とは珠の数を連ぬくなり。珠とは我等が心性の珠なり。数とは我等が煩悩の数なり。
ゆえに珠を研きぬれば、光あらわる。煩悩を研けば、たちまち成仏す」と記した古い文献があります。

 珠の一つ一つを爪繰りながら、心のなかの塵や埃をなくそう、清らかな「おもい」を積み重ねようにと
そう云った願いが各数珠の子珠にはこめられているのです。


日時:2013年02月13日 11:12
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胸綴とは


胸綴(きょうてつ)とは胸につける装身具のことで胸飾ともいいます。
通常は瓔珞(金・銀・玉などの珠飾り)を吊り下げ、菩薩や明王、天部などの仏像の胸を装飾します。


日時:2012年11月17日 10:36
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経筒とは


経筒(きょうづつ)とは、紙本経を納める筒型の容器のことです。
経塚や墳墓、または仏像の体内や石塔の内部に納められ、様々な材質のものがみられます。
金属製のものでは銅製のものが大部分を占め、また鍍金を施したものも多くみられます。


日時:2012年11月16日 10:28
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経塚とは


経塚(きょうづか)とは、経典を主なものとして埋納した遺跡のことです。
平安時代後期に天台宗の法華経護持信仰から発生したといわれており、最古の経塚としては藤原道長が1007年に寛弘四年銘経筒を埋納した奈良・金峰山経塚などがあげられ、その後十二世紀前半以降には全国的に流行していきました。


日時:2012年11月09日 17:40
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経帙とは


経帙(きょうちつ)とは、巻子仕立ての経典をまとめて簀の子のように巻いた経荘厳具のことです。
多くのものは竹製ですが斑藺製のものや、裂製、紙製のものなどもあります。


日時:2012年11月07日 10:45
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経蔵とは


経蔵(きょうぞう)とは経巻を格納した蔵のことをいいます。
寺院の伽藍配置においては講堂の前面に鐘楼と対応したかたちで建てられます。
また、禅宗寺院では一切経を納める経蔵として、なかに輪蔵と呼ばれる回転式書架を設けたものがあります。


日時:2012年11月06日 10:38
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経行とは


経行(きょうぎょう)とは、食後や疲労自に身体と心を整えるために、一定の場所を行き来しめぐり歩き、静かに歩むことをいいます。
これはインドでは仏教以前からひとつの運動法として広く行われていたといいます。
また経行をおこなう場所のことを経行処といいます。


日時:2012年11月05日 10:33
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経絵とは


経絵(きょうえ)とは、経巻の見返しや本文に挿絵あるいは扉絵などとして描かれた、経の内容を絵で説明した絵画のことです。
インドやチベットでは梵篋(ぼんきょう: 経典を納める箱)を挟む板に施され、また中央アジアより東では絵画としてあらわされています。


日時:2012年10月31日 11:24
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鬼目とは


鬼目(きもく)とは、密教法具の要所にあらわされる半球の形をした突起のことです。
請来系図像中には多様な鬼目がみられ、中晩唐期にはすでに荘厳のひとつとして成立していたことがわかります。
また時代が移るにつれ、強い半球状のものから張りのない扁平なものへと形式化していきました。


日時:2012年10月30日 11:14
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擬宝珠とは


擬宝珠(ぎほうじゅ・ぎぼし)とは、球の形の頂部を尖らせた、宝珠に似た形をした建築装飾具です。
神社や寺院、橋などの欄干柱頭にはめ込まれ、ほとんどのものが青銅製です。


日時:2012年10月29日 11:09
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亀甲繋ぎとは


亀甲繋ぎとは、亀の甲羅に似た六角形をつなぎ合わせた文様のことです。
古い事例としては、熊本・江田船山古墳や奈良・藤ノ木古墳から出土した金銅製沓の表に点線彫りで施された亀甲繋ぎの文様がみられます。


日時:2012年10月20日 16:20
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吉祥天曼荼羅とは


吉祥天曼荼羅(きちじょうてんまんだら)とは、吉祥天法の本尊であり、吉祥天が主尊となる曼荼羅です。
宣台上に坐す吉祥天を中心に左右に梵天・帝釈天を配し、上方に乗雲の六牙白象を下方に呪師を配します。


日時:2012年10月19日 16:14
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基壇とは


基壇(きだん)とは、建物を湿気から守るために地面より高く壇を築きその上に礎石を置き建物が建てられますが、その際の壇のことをいいます。
また、インドのストゥーパでは基壇のことを台基といいます。


日時:2012年10月12日 16:30
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北野天神縁起とは


北野天神縁起(きたのてんじんえんぎ)とは、菅原道真が死を遂げてから天神として祀られるに至った経緯を描く寺社縁起絵巻のことです。
菅原道真の生涯、死後怨霊となり道真を祀る寺社が創建された由来、天神の利生、霊験説話という構成になっており、「北野文叢」に収める「天神記」の奥書によれば1194年には成立していたことが知られています。


日時:2012年10月11日 10:46
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喜多元規とは


喜多元規(きたげんき)とは江戸時代中期に活躍した黄檗派の肖像画家です。
黄檗派のなかでももっとも著名で優れた絵師として知られており、長崎を拠点として各地で制作にあたりました。
現存する最も早い紀年銘作品は1663年の隠元・木庵・即非像であり、200点を超える遺作が現存しています。


日時:2012年10月10日 10:33
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几褥とは


几褥(きじょく)とは、前卓などの机に敷く荘厳具のことです。
長方形の形をしているものが多く、三角形や正方形の形のものもみられます。
また正倉院には東大寺において使われていたとされる遺品が数多く現存しています。


日時:2012年10月06日 11:17
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祇支とは


祇支(ぎし)とは袈裟の下着のことであり、サンスクリット語のサンカシカーという言葉の音写である僧祇支の略語です。
もとはインドの偏袒右肩の着衣の際に露出した胸部を隠す下着として存在し、仏教の北伝とともに防寒用の下着として用いられるようになったとされています。


日時:2012年10月05日 11:10
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祇園布施とは


祇園布施(ぎおんふせ)とは、祇園精舎の成立に関する説話で多くの経典に記載されています。
インドではガンダーラやアマラーヴァティーなど、極めてはやくから仏教説話図の主題として登場しています。


日時:2012年10月02日 10:53
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翰林図画院とは


翰林図画院(かんりんとがいん)とは、宮殿や仏寺の碑文や壁画の制作にあたった中国宮廷の画家組織のことで、画院と略称されます。
唐代にはじまり、五代で制度化が進み、宋代に確立したとされています。


日時:2012年10月01日 10:44
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雁皮紙とは


雁皮紙(がんぴし)とはジンチョウゲ科の植物・雁皮を原料として作られる和紙のことです。
紙漉きに技術を要しますが、光沢のある上質な紙であり、奈良時代以降は写経や手紙用の紙として用いられました。
また平安時代には厚さにより薄様・中様・厚様と呼ばれ、特に厚いものは鳥の子紙と呼ばれました。


日時:2012年09月29日 10:36
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看読真詮榜とは


看読真詮榜(かんどくしんせんぼう)とは、盂蘭盆会・修正会・亡僧の結縁などに際し、衆僧が読誦するために僧堂に掲示されるものです。
作例としては京都市・真珠庵蔵の宗峰妙超(大灯国師)の墨跡が有名で、「看経榜」とも呼ばれます。


日時:2012年09月28日 10:28
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ガンデン寺とは


ガンデン寺とはチベット自治区ラサの東方にある、ゲルク派の総本山であるチベット仏教寺院です。
1406年に宗祖ツォンパカが創建し、最盛期には三千三百人の僧侶を擁していました。
座主であるガンデンティパはゲルク派全体の管長を兼ねます。


日時:2012年09月22日 12:13
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ガンダン寺とは


ガンダン寺とは、モンゴルのウランバートル市にあるゲルク派の寺院です。
ガンダンとはチベット語で兜率天を意味するガンデンという言葉がなまったものです。
ガンダン寺を中心とした門前町フレーは栄え後のウランバートルの基礎となりました。


日時:2012年09月21日 12:00
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冠咾箸


冠(かんぞう)とは、天冠台の両側にあたる部分で花結びにし、その先を長く垂らした紐状の飾りのことです。
もともとは冠を締める役割をもった紐が、装飾的な意味をもつようになったとされています。


日時:2012年09月14日 11:24
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灌頂堂とは


灌頂堂(かんじょうどう)とは灌頂・修法のために設けられた建築物のことです。また灌頂堂のある子院を灌頂院・真言院・真言堂などと呼びます。
真言宗では、長方形の平面をもち、表には礼堂を、内部には東西に胎蔵界・金剛界の両界曼荼羅を対面して安置します。


日時:2012年09月12日 11:59
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灌頂具とは


灌頂具(かんじょうぐ)とは、灌頂の際に用いられる用具の総称です。
灌頂には結縁灌頂(信者と仏縁を結ぶ)や伝法灌頂(師匠である阿闍梨からその弟子に法を伝え阿闍梨位を継承させる)などがあり、伝法灌頂では阿闍梨の衣服・宝冠・腕釧・座具や密教法具類、荘厳具が用意されこれらが灌頂具となります。


日時:2012年09月11日 11:47
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寒山寺とは


寒山寺(かんざんじ)とは、中国江蘇省蘇州市の西にある臨済宗の寺院です。
梁・天監年間(502年-519年)に創建され、唐代に奇僧寒山が草庵を結び、希遷が伽藍を建て寒山寺と名付けられました。
その後、幾多の火災に遭い、現在の寒山寺は清代末に再建されたものです。
境内には、寒山拾得の石刻や伊藤博文寄贈の梵鐘などが伝わっています。


日時:2012年09月10日 15:37
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観経十六観変相図とは


観経十六観変相図(かんぎょうじゅうろくかんへんそうず)とは、「観無量寿経」で説かれる十六観を浄土図にならった画面に配置した変相図のことです。
十六観とは阿弥陀の浄土に往生するための十六種の観法のことで、日没を見て西方極楽を想う日想観や宝池観、宝樹観などがあります。



貫休とは


貫休(かんきゅう)とは、中国・唐末五代に活躍した詩画僧です。
江南の各地を遊歴した後、903年に入蜀し蜀主である王建から厚くもてなされ、禅月大師の称号を賜りました。
夢幻的な詩作を特徴としており、「禅月集」としてその作品が遺されています。


日時:2012年09月08日 15:20
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韓幹とは


韓幹(かんかん)とは、唐代に活躍した中国の画家です。
少年期に王維にその画才を認められ、天宝年間には玄宗朝の宮廷画家となりました。
寺院の壁画に仏教絵画を描きましたが、画馬を最も得意としていました。


日時:2012年09月07日 14:59
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龕とは


龕(がん)とは、石窟の壁面や仏塔などに仏像を納めるためにつくられた厨子(くぼみ)で、仏龕ともいいます。
上方部分の形により分類され、円拱龕、尖拱龕(先がとがったもの)、楣拱額龕(凸形をしたもの)などがあり、いずれも龕拱柱により受けられています。


日時:2012年09月01日 10:29
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観とは


観(かん)とは古代中国において、遠くを望むために建てられた高い建築物のことをいい、特に城門の闕のことを指します。
また、その後には仏教寺院を寺と呼ぶのに対して道教寺院を観または宮と呼ぶようになりました。


日時:2012年08月31日 10:20
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カローシュティー文字とは


カローシュティー文字とは、紀元前三世紀前半の北西インドで創られた、右から左へ綴られる筆記体系です。
アラム文字を基にブラーフミー文字の影響も受けて創られており、五世紀頃まで使用されました。



カルマ派とは


カルマ派とは、チベット仏教カギュー派の支派であり、その最大勢力です。
ガムポパの弟子であるトゥースムキェムパが派祖であり、その建立したツルプ寺が総本山となります。
またモンゴルに布教し、モンケ汗から黒帽を贈られたことから、その教主は黒帽ラマと呼ばれます。
密教への傾倒が強く、また1959年のチベット動乱以後に国外に逃れた黒帽ラマ16世による布教もあり、欧米で多くの信徒を得ています。


日時:2012年08月29日 15:09
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カルパ・ヴリクシャとは


カルパ・ヴリクシャとは、願いを何でもかなえてくれるとされる聖樹で、劫樹・如意樹と意訳されます。
ナンダナ(インドラ神の庭)の森に生えているといわれ、古代インドの民衆に広く受容されており、また初期仏教美術の装飾モチーフとして多く用いられました。



ガル・ヴィハーラとは


ガル・ヴィハーラとは、スリランカのポロンナールワ北部にある仏教寺院で正式にはカルガル・ヴィハーラといいます。
一列に仏像や龕室が並び、左端には坐仏、その右に龕室がありその奥に仏坐像、さらに右に如来立像、そして涅槃仏が横臥します。
高さ8メートル弱ある如来立像は、仏陀の死を哀悼する弟子アーナンダをあらわしたものといわれていますが定かではありません。



亀腹とは


亀腹(かめはら)とは、建築物の縁下にめぐらす基壇のことで、亀の腹に似ていることからこの名前がつきました。
また、多宝塔や大塔の下層の屋根の上に見えるまんじゅう形をした白漆喰塗の部分も、同様に亀腹と呼ばれます。


日時:2012年08月26日 16:20
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カピラヴァストゥとは


カピラヴァストゥとは、釈迦が生誕したシャーキ族の都で、迦毘羅衛、迦毘羅婆蘇都、迦毘羅衛など多数の漢訳名があります。
サーンキヤ学派の開祖・カピラの住処という意味を持ちます。
その所在は現在のネパールとインドの国境付近と考えられており、その候補としてネパール領内のティラウラーコートとインド領内のピプラーワー・ガーンワリアが挙げられています。



峨眉山とは


峨眉山(がびさん)とはは中国・四川省峨眉県南西にある山です。
普賢菩薩の霊場とされており、文殊菩薩の五台山、観音菩薩の普陀山とあわせ中国三大霊場のひとつとされています。また、五台山、天台山と合わせ中国三大霊山ともいわれます。
その中心は東晋代に創建された普賢寺ですが、明代に勅命により聖寿万年寺とその名を改めました。


日時:2012年08月24日 11:55
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鉦とは


鉦(かね)とは、コの字形をした打ち鳴らす仏具であり、鉦鼓とも呼ばれ、雅楽の鳴り物としても使われます。
747年編纂の「大安寺資財帳」に、鉦鼓四口という記載があり、奈良時代にはすでに用いられていたことがうかがわれます。
また年号を記したものとして、東大寺の長承三年(1134年)銘の銅鉦鼓が最古のものとされています。


日時:2012年08月23日 11:44
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蟹満寺とは


蟹満寺(かにまんじ)とは、京都府木津川市山城町綺田にある真言宗智山派の寺院です。
境内には本尊である丈六銅造釈迦如来坐像を祀る本堂と、蟹にまつわる蟹満寺縁起の本尊である木造聖観世音菩薩坐像を祀る観音堂があります。
蟹の恩返しの伝承である蟹満寺縁起は「今昔物語集」や「大日本法華経験記」などに収録されています。


日時:2012年08月22日 10:29
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花塔とは


花塔(かとう)とは中国の仏塔のことで、華塔とも書かれます。
類型には分類されない、装飾的な外観を持つ仏塔の総称であり、特定の形状は定義されていません。
しかしながら、その多くはラマ塔や金剛宝座塔が定着する以前の変型を指し示します。


日時:2012年08月21日 10:19
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羯磨曼荼羅とは


羯磨曼荼羅(かつままんだら)とは四種曼荼羅のうちのひとつで、略して羯曼とも呼ばれます。
羯磨とは「行動・活動」を意味する言葉であり、羯磨曼荼羅は諸尊の行動・活動を示した曼荼羅です。
羯磨曼荼羅は木像や塑像、鋳像で立体的にあらわされ、このことから立体曼陀羅とも呼ばれます。


日時:2012年08月20日 10:12
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羯磨金剛とは


羯磨金剛(かつまこんごう)とは、ふたつの三鈷杵を十字形に組み合わせた密教法具のことで、「羯磨」と略され、また羯磨杵、羯磨輪、十字金剛などとも呼ばれます。
羯磨はカルマという言葉の音写であり、密教においては諸尊の働きという意味を持ちます。
修法の際には大壇の四隅におかれ、その成就を図ります。


日時:2012年08月06日 10:10
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月輪観とは


月輪観(がちりんかん)とは、心の中に満月のすがたを想いうかべ、そのなかに自らの清らかな菩提心を観じる真言密教の瞑想法です。
不空訳「菩提心論」のなかに述べられ、また覚鑁の「月輪観頌」ではその方法が示されています。


日時:2012年08月03日 10:37
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カダム派とは


カダム派とはチベット仏教の流派であり、チベット仏教四大宗派のひとつであるゲルク派の前身にあたります。
アティーシャのラムリムを教義の中心とし、高弟ドムトンにより創設されました。
その後二派に分裂しましたが、ツォンカパがひらいたゲルク派に吸収されるかたちで教団としては消滅することになりました。


日時:2012年08月01日 10:42
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葛形文とは


葛形文(かずらがたもん)とは、蔓草を文様化したものです。
蔓草は髪飾りとして使われており、これを「かずら」というようになりました。
また、飛鳥時代や奈良時代の仏像の光背などの装飾文様として多くみられます。


日時:2012年07月31日 11:04
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春日曼荼羅とは


春日曼荼羅(かすがまんだら)とは、奈良県春日社・春日明神への信仰を基にした寺社曼荼羅のことです。
そのなかには、宮曼荼羅(社頭風景を描いたもの)・鹿曼荼羅(春日明神の神である神鹿を描いたもの)・尊像曼荼羅(本地仏、垂迹仏を描いたもの)・折衷図様(これらを折衷したもの)などがあります。
平安末期頃から制作が始まったとみられ、鎌倉後期には定型がかたまり始めたとされており、他社を圧倒する現存作品が遺されています。


日時:2012年07月30日 10:21
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春日権現験記絵とは


春日権現験記絵(かすがごんげんげんきえ)とは、藤原氏の氏神・春日権現の由来や数々の説話を描いた絵巻です。
付随する春日権現験記絵目録によれば、藤原氏の西園寺公衡が、これまでの繁栄への感謝、そしてさらなる繁栄を目的とし発願したものとされています。


日時:2012年07月28日 15:12
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ガジューとは


ガジューとは、ネパールの仏教およびヒンドゥー教の寺院本堂の真上の屋根に取り付けられた装飾物で、ガジュル・ガンジラとも呼ばれます。
仏神を呼び入れる鈴、仏神が宿る壺、仏神が坐る蓮華の座からなり、ドヴァジャ(細長い帯状の金属板)が本堂入り口まで垂れ下がります。


日時:2012年07月27日 10:17
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笠置曼荼羅図とは


笠置曼荼羅図(かさぎまんだらず)とは、京都・笠置寺の景観を描いた礼拝画のことです。
解脱上人貞慶が鎌倉時代初期に再興した笠置寺は、南北朝時代に火災のため本尊である弥勒磨崖仏が消失していますが、その往時の姿が描かれています。


日時:2012年07月26日 11:02
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籠目とは


籠目(かごめ)とは、籠の網の目およびこれと似た文様のことをいいます。
仏具では華籠や香炉の火屋などにその文様がみられます。
基本は縦横斜に編んだ形ですが、三角・六角・方形など様々な文様があります。


日時:2012年07月25日 10:47
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懸造とは


懸造(かけづくり)とは、崖や急傾斜地に建物を建てる際に、柱の床下部を長く伸ばすなどをして建物を乗せる建築法のことです。
密教系の寺院は仏堂が急傾斜地に建てられることが多く、鳥取・三仏寺奥院はその最古の例として知られています。


日時:2012年07月24日 11:27
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覚禅鈔とは


覚禅鈔(かくぜんしょう)とは真言宗小野流・京都勧修寺の出身である覚禅により編纂された密教図像集のことで、覚禅抄とも書かれます。
諸経法、諸尊法、灌頂などについて次第と図像を儀軌・経軌・古記録・口伝とともに集大成したもので、その巻数は約百二十巻におよぶため百巻抄とも呼ばれます。


日時:2012年07月23日 11:10
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瓦経とは


瓦経(がきょう)とは瓦板に経文を刻んだもので、経塚に埋納するためにつくられたものです。
「かわらきょう」とも読みます。
そのかたちは一辺約20〜30cmの縦長・正方形・横長であり、厚さは約2mmほど、一面には10〜15行ほど写経されています。
また、瓦経が埋納された経塚は瓦経塚と呼ばれます。


日時:2012年07月21日 10:58
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カギュー派とは


カギュー派とはチベット仏教の4大宗派のうちのひとつです。
宗祖であるマルパは三次にわたりインドに留学し、ナーローやマイトリーパから密教を学びました。
そしてマルパが伝えた大印の秘法とナーローの六法が、その中心的な教義となりました。


日時:2012年07月20日 10:39
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反暈とは


反暈(かえりぐま)とは、光のあたる所に白色をあるいは金銀泥で掃くことによりハイライトの効果をだす、東洋絵画の賦彩法のことです。
返り暈、返り隈とも書き、照り暈とも呼ばれます。
有名な作例としては岐阜・来振寺五大尊像などがあります。


日時:2012年07月19日 11:21
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ガウとは


ガウとはチベット仏教の護符入れ・携帯式祭壇のことです。
小さいものは首からかけて日常的に着用し、大型のものは普段は仏壇に安置し旅行などの際に身につけます。
美術工芸品としての価値も持ち、銅や銀製で華美な装飾を持つものもあります。


日時:2012年07月18日 11:05
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回文とは


回文(かいもん)とは、中国古来からある、角形の渦巻き文様で雷文とも呼ばれます。
その形態は独立した単独のもの、連続した帯状のもの、回転方向が逆のものが対になったものなど様々です。
殷周時代の青銅器の文様として多くみられ、陶磁器の装飾文様として知られていますが、縁飾り・漆器・染織・金工など様々な工芸品の文様として使用されています。


日時:2012年07月13日 12:34
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開敷蓮華・未敷蓮華とは


開敷蓮華(かいふれんげ)とは蓮華の花びらが満開のかたちであることをいい、未敷蓮華(みふれんげ)とはつぼみであるすがたのことをいいます。
蓮華は泥中で生育しつつも、清浄な花を咲かせることから仏教においては仏性の象徴として存在し、未敷蓮華は悟りの可能性を内に秘めた状態を、開敷蓮華は修行を経て開悟した状態をあらわします。



戒壇院とは


戒壇院(かいだんいん)とは、授戒伝律を行うための戒壇が設けてある場所のことをいいます。
日本においては鑑真が東大寺大仏殿前で聖武天皇などに授戒するため設けた戒壇が初めてのものであり、この年の翌年に東大寺伽藍の西に戒壇院が設けられました。
また、後に下野薬師寺・筑前観世音寺にも戒壇は設けられ、東大寺と合わせて「天下の三戒壇」と呼ばれます。


日時:2012年07月11日 10:32
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戒体箱とは


戒体箱(かいたいばこ)とは、密教の三昧耶戒を受ける式において戒文や必要な文書を入れておく箱のことです。
そのかたちは縦長の長方形であり、格狭間を透かした床脚を備えています。
有名な遺例として、大阪金剛寺の黒漆塗金銅装、京都醍醐寺の金銅装などがあげられます。


日時:2012年07月08日 12:44
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懐素とは


懐素(かいそ)とは、中国唐代中期に活躍した書家・僧侶です。俗称は銭氏、字は蔵真といい、早くから仏門に入り、玄奘三蔵の弟子でもありました。
草書が有名であり、自由自在・千変万化の狂草を得意としました。また、酒を愛し、酔いに任せ草書を書いたことからき「狂僧」とも呼ばれます。


日時:2012年07月07日 12:27
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開山堂とは


開山堂(かいさんどう)とは、当該寺院を開創した僧をしのび、報恩・追善の意を込め、その僧侶の像を祀った堂のことです。寺院によっては大師堂、祖師堂、御影堂、影堂などとも呼ばれます。
寺院や宗派によっては本堂(本尊を安置する堂)よりも大きくつくられることがあります。


日時:2012年07月06日 12:16
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岡寺とは


岡寺(おかでら)とは、奈良県高市郡明日香村にある新義真言宗の寺院で、法号は龍蓋寺といいます。
本尊である奈良時代造立の如意輪観音坐像は日本における最大の塑像として有名です。
また江戸時代建立の仁王門と書院も重要文化財に指定されています。


日時:2012年07月04日 11:41
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横被とは


横被(おうひ)とは、僧が七条袈裟を掛けるときに用いる、細長い長方形の法衣です。袈裟を偏袒右肩に着けた際に、露出した右肩を覆うように掛けます。
横被が使われるようになったのは、日本では平安時代以降であり、もっとも古い遺品として弘法大師の請来品とされるけん陀穀糸袈裟に付属する横被が挙げられます。


日時:2012年07月03日 10:47
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黄檗派とは


黄檗派(おうばくは)とは、黄檗宗(江戸時代前期に来日した隠元隆らにより中国から伝えられた宗派)の周りで活動をした画派の総称です。
長崎を中心に活動し、新しい様式の肖像画や道釈人物画、文人画などを全国に伝播しました。


日時:2012年07月02日 10:17
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凹凸画法とは


凹凸画法(おうとつがほう)とは、梁代の画家である張僧繇が始めた画法のことです。
従来の中国絵画に比べ、j明暗・濃淡を加えた立体的な画法です。
一乗寺に描かれた花はとても立体的に見えたため、人々は不思議がり、凹凸寺と呼びました。


日時:2012年07月01日 11:44
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王玄策とは


王玄策(おう げんさく)とは、643年から665年にかけて、唐王朝の使者として四度にわたり西域及びインドを巡った人物です。
「中天竺行記」、「中天竺国図」、「西域史」などの旅行記を撰述し、また勅命により西域見聞についての「図画」を編纂したと伝えられています。


日時:2012年06月30日 11:44
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お一の箱とは


お一の箱とは、時宗の遊行僧が使用していた独自の箱のことを言います。
長方形の形状をしており、天板の中央に白い一本線を引き、その両側を赤色と青色に塗り分けるのが特徴です。
これは、善導大師の「観無量寿経疏」における二河白道の比喩をあらわしたものです。


日時:2012年06月29日 11:20
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笈とは


笈(おい)とは、修験者や遊行者が遊行や入峰するときに、仏具や仏像、本などを納め背中に背負う箱のことです。
裾広がりの形状をしており、裾に足が四脚存在します。上下二段になっており、上段には仏像、下段には数珠や錫杖等の法具を納めます。


日時:2012年06月28日 10:26
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園冶とは


園冶(えんや)とは、明代末の文人である計成が著した、全三巻からなる中国の造園理論書です。
内容は、総論である興造論・園説と各論である相地・立基・屋宇・装折・門窓・鋪地・てつ山・選石・借景からなります。


日時:2012年06月27日 10:25
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閻浮檀金とは


閻浮檀金(えんぶだんごん)とは、サンスクリット語のジャンブーナダスヴァルナ(ジャンブー河で採れる美しい砂金)を訳した言葉で、仏典で説かれる黄金の一種のことです。閻浮那提金とも呼ばれます。


日時:2012年06月26日 11:24
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円教寺とは


円教寺(えんきょうじ)とは、兵庫県姫路市にある天台宗の寺院です。
書写山の山頂にあり、966年に性空によって開かれたと伝えられています。
中世には多くの崇敬をあつめ、西の一大霊場として多くの名僧を輩出したとされています。


日時:2012年06月25日 11:10
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縁起絵とは


縁起絵(えんぎえ)とは、寺社仏閣の創立の由来、本尊の霊験、功徳利益などを描いたものです。
平安時代末期にはじまり、鎌倉時代には多くの現存する作例があります。
その形態は絵巻物と掛幅装に大別されます。


日時:2012年06月24日 17:45
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円花文とは


円花文(えんかもん)とは、蓮華などの花を上から見た文様のことで、団花文、ロゼットなどとも呼ばれます。
中国では漢代から円花文がみられますが、その起源が中国の伝統に基づくものか、それともエジプトにルーツがある西方起源のものか、二説が生じています。


日時:2012年06月23日 11:22
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絵解とは


絵解(えとき)とは絵画や浮彫彫刻を用い、仏伝や経典、教理、寺社縁起などを語ること、あるいは語る人物のことをいいます。
日本においては、「栄花物語」や院政期の公家日記から平安後期には行われていたことがうかがわれます。


日時:2012年06月22日 11:07
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雲竜文とは


雲竜文(うんりゅうもん)とは、雲気文のように見えるが、竜のかたちの一部がよく見ると見ることができる文様で、中国・戦国時代の漆器や銅鏡にみられます。
また、竜の代わりに鳳凰のくちばしの部分がみられるものもあり、これらは雲鳳凰文と呼ばれます。


日時:2012年06月21日 10:31
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雲版とは


雲版(うんぱん)とは、禅宗寺院で合図を出すために使われる、梵音具(ぼんおんぐ:打ち鳴らし音を出す仏具)のひとつです。雲板、火版、長板、打板、斎板などとも呼ばれます。
起床や座禅、食事の合図として打ち鳴らされました。
その源流は中国の楽器にあり、禅宗が取り入れられると同時に、日本に入ってきたとされています。


日時:2012年06月20日 10:20
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暈染法とは


暈染法(うんぜんほう)とは、暈取りを施すことにより、立体感をあらわす技法のことで、暈渲とも書かれます。
日本では、法隆寺金堂壁画や教王護国寺西院曼荼羅などの唐代仏教絵画の影響を色濃く受けた作品に、その作例がみられます。


日時:2012年06月19日 10:49
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繧繝彩色とは


繧繝彩色(うんげんざいしき)とは、装飾文様における彩色技法のひとつで暈繝彩色とも書きます。
同系統の色彩を、ぼかしを用いずに濃色(暗い色)から淡色(明るい色)へと帯状に区切りながら塗っていきます。また逆のこと(淡色から濃色)を逆繧繝といいます。
日本では盛唐文化の影響を受ける、奈良時代に入ってから繧繝彩色の作例がみられます。


日時:2012年06月18日 10:30
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盂蘭盆とは


盂蘭盆(うらぼん)とは「盂蘭盆経」に基づき、七月十五日におこなわれる過去霊のために僧を供養する法会で、盂蘭盆会(うらぼんえ)とも呼ばれます。
梁・武帝の538年に中国で初めておこなわれ、唐代に広まったとされています。
日本では606年に寺の行事としてはじまり、657年に飛鳥寺の西でもうけられたと「日本書紀」に記されています。


日時:2012年06月17日 17:48
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右繞三匝とは


右繞三匝(うにょうさんぞう)とは、敬意を表す対象の周りを三回右回りにまわることをいいます。
もとは古代インドの礼拝形式のひとつであり、その後仏教にも取り入れられ、三回まわる礼法が一般的になりました。
初期のインド仏教美術にもこの礼拝は表現されており、日本の仏教にも儀礼として取り入れられました。


日時:2012年06月16日 10:13
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尉遅乙僧とは


尉遅乙僧(うっちおつそう)とは中国・唐代の画家です。
西域ホータンの出身であり、その父は隋代の著名な画家である尉遅跋質那(うっちばつしつな)です。
父が大尉遅と呼ばれるのに対し、尉遅乙僧は小尉遅と呼ばれます。


日時:2012年06月15日 12:40
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鬱多羅僧とは


鬱多羅僧(うったらそう)とはサンスクリット語のウッタラーサンガの音写であり、上衣・上著衣と訳されます。
インド初期仏教における、出家比丘の個人所有可能な三種の衣のうちのひとつです。
もっとも正式な衣にあたり、礼拝や聴講、布薩などの行事の際に用いられました。


日時:2012年06月14日 12:15
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ウッタラクルとは


ウッタラクルとは古代インドで考えられていた理想社会のことで、鬱単越(うったんおつ)・北倶盧州(ぼっくるしゅう)と音写されます。
「長阿含経」によれば須弥山の北方の海中にあるとされています。


日時:2012年06月13日 12:03
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ウッジャインとは


ウッジャインとはインド中部のマディヤ・プラデーシュ州の西部にある同名県の県都です。
ヒンドゥー教の七大聖地として有名であり、また紀元前六世紀にはアヴァンティ国の首都として栄えた古代都市でもあります。
その後西クシャトラパ朝の都となり、五世紀にはグプタ朝の支配となり、芸術の都として栄えました。


日時:2012年06月12日 11:15
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打敷とは


打敷(うちしき)とは須弥壇や仏前の前机に敷きかける敷物で、荘厳具の一種です。
打布、または内布とも呼ばれます。
その形は机の天板などに合わせて、方形や円形、長方形など様々な形があります。


日時:2012年06月11日 10:46
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請花・反花とは


請花(うけばな)とは、厨子や仏像の台座の意匠の一部として用いられる蓮華の花弁のうち、上方に向いているもののことをいいます。
またそれに対して下方に垂れるものを反花(かえりばな)といいます。
それぞれ、仰蓮、伏蓮という別の呼び名もあります。


日時:2012年06月09日 15:12
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ヴェーダとは


ヴェーダとは古代インドの宗教文書のことをいいます。
ヴェーダという言葉は、「知る」という意味の「ヴィド」という言葉から派生したもので、知識や宗教上の知識という意味を持ちそれが転じ、一群の聖典をさすようになりました。


日時:2012年06月08日 10:25
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ヴィンギエム寺とは


ヴィンギエム寺(永厳寺)とは、ベトナム北部バクザン省イエンズン県チイエン社にある仏教寺院のことです。
チュア・ドゥクラー寺(徳羅寺)との別称もあります。
竹林禅宗の三祖である仁宗、ファップロア、フェンクァンの修行地とされ、竹林禅宗の拠点として各地から高僧があつまりました。


日時:2012年06月07日 11:44
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ヴィハーラとは


ヴィハーラとは、出家者が滞在や居住をする独立した家屋である僧房、あるいは僧房群としての僧院を意味します。
毘訶羅(びから)と音写され、精舎と漢訳されます。


日時:2012年06月06日 10:43
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ヴァイシャーリーとは


ヴァイシャーリーとはインド・ビハール州ヴァイシャーリー県に存在する仏教八大聖地のひとつです。
パーリ語ではヴェーサーリー、漢訳名は毘舎離・吠舎離といいます。
釈尊にかかわる事蹟も多く伝わり、また維摩経の維摩居士もこの地の長者とされています。



因陀羅とは


因陀羅(いんだら)とは中国元代末に活躍した禅僧画家です。
法名を任梵印といい、河南省開封の大光録寺で大師号を受けたとされています。
禅宗の祖師や散聖を描いた水墨の作品が日本に伝わっており、それらの多くに楚石梵の賛が加えられています。


日時:2012年06月01日 10:44
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陰刻とは


陰刻(いんこく)とは金銅仏や石仏、仏具などの表面に銘文や文様を鏨などで窪ませることにより彫り込む技法のことをいいます。
有名なものとしては法隆寺金堂の釈迦三尊像光背に彫り込まれた銘文などがあります。


日時:2012年05月31日 11:11
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石清水八幡曼荼羅とは


石清水八幡曼荼羅(いわしみずはちまんまんだら)とは京都の男山に鎮座する八幡市・石清水八幡宮の信仰をしめす礼拝画の総称のことです。
尊像を主とする図と、社頭の景観を主とする二種類に大別することができ、男山曼荼羅とも呼ばれます。



鋳物師とは


鋳物師(いもじ)とは、金工のうち銅や鉄などの金属を溶かして型に流し込む鋳造の技術に携わる職人のことをいいます。
その名が具体的に認知されるのは奈良時代からであり、名乗るようになったのは平安時代からであるといわれています。


日時:2012年05月29日 17:14
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一筆一切経とは


一筆一切経(いっぴついっさいきょう)とは一切経をひとりで書写することをいいます。
左大臣藤原頼長の「台記」や「本朝世紀」に記録がのこる、藤原定信が二三年をかけて完写したことなどが有名です。


日時:2012年05月28日 11:09
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一切経経箱とは


一切経経箱(いっさいきょうきょうばこ)とは一切経を納めた箱です。一切経は五千巻余をもって完結となるため、それを納める経箱も相当数にのぼるものや大形の箱に足をつけたものなどが考えられます。
遺例として、岩手・中尊寺経蔵の一切経経箱や、京都・神護寺の一切経経櫃四五合、愛知・七寺の一切経経櫃三〇合などが有名です。


日時:2012年05月27日 11:02
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一乗寺とは


一乗寺(いちじょうじ)とは兵庫県加西市坂元町にある天台宗の寺院です。
聖観音を本尊としています。650年、法道仙人の開創と伝えられ、古くは法華寺、法華山寺といわれました。


日時:2012年05月26日 10:43
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板碑とは


板碑(いたび)とは供養を目的とし、平らな板石に仏像、種子、梵字などを刻みこみ建てられた塔婆の一種です。
鎌倉時代から室町時代にかけてつくられ、関東を中心として全国に分布しています。
もとは地方の豪族や僧侶により建てられていたものが次第に庶民にまで広がりました。


日時:2012年05月25日 10:37
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石山寺一切経とは


石山寺一切経(いしやまでらいっさいきょう)とは奈良時代から室町時代にかけての写経を主体とした石山寺に伝わる一切経です。
中心をなすのは三千巻余の平安時代後期の写経であり、その多数が念西の勧進により書写されたものとみられています。


日時:2012年05月24日 12:32
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石山寺とは


石山寺(いしやまでら)とは滋賀県大津市石山寺にある東寺真言宗の別格本山です。
聖武天皇の勅により建立されたと伝えられており、そのいきさつは東大寺大仏の建立にあたり金の不足に悩んでいたおりに当地に寺院を建てれば、ことがなされるとの夢告があったというものです。


日時:2012年05月23日 12:28
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石立僧とは


石立僧(いしだてそう)とは作庭を専門とする職業的な僧侶のことをいます。
古くは平安後期の絵阿闍梨延円から蓮中法師や淋賢、徳大寺法眼静意、静玄、静空など多くがあげられます。


日時:2012年05月16日 11:49
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生駒曼荼羅とは


生駒曼荼羅(いこままんだら)とは生駒山の東方の生駒市生駒大社をあらわした礼拝画のことです。
その内容は神社の景観、祭神七柱の本地仏、縁起の描写からなります。


日時:2012年05月15日 15:48
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安鎮曼荼羅とは


安鎮曼荼羅(あんちんまんだら)とは安鎮法の本尊とされる曼荼羅のことです。
安鎮法とは新しく家屋を建築する際の安穏、そして鎮護国家を祈り修せられる修法です。


日時:2012年05月14日 15:43
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アンシュヴァルマンとは


アンシュヴァルマンとは七世紀のネパールの王です。
玄奘三蔵の「大唐西域記」によれば「学深く聡明で、自ら声明に関する論著を作った。その学問を重んじ徳者を尊敬することは遠近に著名であった」と記されています。



安国寺とは


安国寺(あんこくじ)とは夢窓疎石の勧めにより、鎌倉幕府滅亡〜室町幕府開創の過程での戦没者の菩提のために足利尊氏・直義が全国に設けた禅宗寺院です。
また、塔の名は利生塔と称されました。


日時:2012年05月10日 14:27
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アルニコとは


アルニコとはネパールの仏師であり、漢字では阿尼哥と書きます。
チベット仏教サキャ派教主パクパに招かれ大都(現在の北京)の大聖寿万安寺の造営を行いました。


日時:2012年05月08日 10:47
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アーヤカ・スタンバとは


アーヤカ・スタンバとはアーヤカ台(仏塔基壇部の四方にある突出部)に立つ五本の柱のことをいいます。
アーンドラ地方の仏塔に多くの作例を見ることができます。



阿弥陀堂とは


阿弥陀堂(あみだどう)とは阿弥陀仏を本尊とする仏堂のことをさします。
平安時代中期から後期にかけ、浄土教が広く流行した折に数多く造立されました。
また藤原道長により1020年に建立された九体阿弥陀堂により阿弥陀堂は大規模な建築にひきあげられました。


日時:2012年05月02日 11:29
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阿弥陀三尊五十菩薩図とは


阿弥陀三尊五十菩薩図(あみださんそんごじゅうぼさつず)とは道宣(中国唐代の律宗僧)による「集神州三宝感通録」のなかで説かれる、一仏五十菩薩が蓮華の上に坐る様を図像化したものであると推察されているものです。
作例の多くは初唐代にあります。



アマルバヤスガラント寺とは


アマルバヤスガラント寺とはモンゴル・ヘンティにあるゲルク派(ゲルク派はチベット仏教4大宗派の1つ)の寺院です。
1737年にジェブツンダンバ二世が清の雍正帝の勅命を受け創建しました。
最盛期には、1500人以上の僧がいたといわれていますが、人民革命により無住となりました。
アマルバヤスガラントとはモンゴル語で「安寧なる喜び」という意味であり、漢字では慶寧寺と書かれます。



アーマラカとは


アーマラカとはヒンドゥー教寺院のシカラ(高塔)の先端に載せられる宝壷・冠石のことです。
その名前は果実の名に由来し、まんじゅう型で縦に溝を刻んでいます。


日時:2012年04月29日 11:29
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阿倍小水麿願経とは


阿倍小水麿願経(あべのこみずまろがんきょう)とは前上野国権大目である阿倍小水麿が発願し書写させた大般若経のことで平安前期を代表する古写経です。
一部六百巻である大般若経のうち百七十巻余が現存しています。


日時:2012年04月28日 11:24
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アプサラスとは


アプサラスとはインド神話における水の精の総称です。
ガンダルヴァの妻とされ、ガンダルヴァがインドラに仕える音楽家であるのに対し、アプサラスは舞姫としてあらわされます。
そのすがたは両足を曲げ両手をかかげて舞う姿であらわされます。


日時:2012年04月27日 10:54
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アビダルマとは


アビダルマとは対法と意訳される言葉で、音写して阿毘達磨(あびだつま)、阿毘曇(あびどん)、毘曇(びどん)とされます。
この言葉は法(ダルマ)の研究を意味し、また世界・衆生の存在を考察する論および論書を指します。


日時:2012年04月26日 10:47
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アバヤギリとは


アバヤギリとはスリランカのアヌラーダプラの北部にある僧院で、無畏山(むいせん)と訳されます。
ヴェッタガーマニ・アバヤ王によって建立され、スリランカ最大のダーガバ(仏塔)が遺っています。
建立された当時のスリランカ仏教の異端であったアバヤギリ派の本拠地として、一時は降盛しました。


日時:2012年04月19日 12:25
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アーナンダ寺とは


アーナンダ寺とはミャンマー・パガンの仏教寺院で、チャンシッター王の治世下に建立されたレンガ積みの寺院です。
パガン遺跡群における寺堂建築の祖形となったと考えられており、その内部は正十字形プランになり、中心の四方に仏立像四体が配され、周囲に二本の回廊がめぐる構造となっています。


日時:2012年04月18日 12:06
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アショーカ王柱とは


アショーカ王柱とはアショーカ王が各地に建立した記念石柱です。
当初は約三十本が存在していたとされていますが、現在ではアショーカ王の法勅を刻んだものなど、わずか十六例が遺っています。


日時:2012年04月17日 10:47
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足利尊氏願経とは


足利尊氏願経(あしかがたかうじがんきょう)とは足利尊氏発願の一切経です。
後醍醐天皇、尊氏の両親、元弘の乱以後の戦死者の供養と民衆の安定した生活を祈願したものです。
奉納に際し、前中半を畿内の僧侶に、後半を鎌倉の僧侶に命じ一切経を書写させており、また尊氏自らも筆をとりました。


日時:2012年04月16日 10:35
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阿娑縛抄とは


阿娑縛抄(あさばしょう)とは天台宗の教学と作法を集大成した仏書です。
鎌倉時代に天台僧承澄・尊澄らにより約四十年をかけて編纂されました。
阿娑縛抄という題名は胎蔵界三部の種字(阿…仏部、娑…蓮華部、縛…金剛部)にちなみつけられています。


日時:2012年04月13日 11:27
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秋篠寺とは


秋篠寺(あきしのでら)は奈良市秋篠町にある寺院です。
もとは法相宗の寺院でしたが、平安時代に真言宗に転じました。その後浄土宗西山派に属したこともありましたが現在は単立です。
光仁・桓武天皇の両天皇が法相宗の僧・善珠を開基として創立しました。
秋篠寺の香水井から汲まれる霊水が宮中で行われる大元帥法に用いられることで有名です。


日時:2012年04月12日 11:22
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閼伽棚とは


閼伽棚(あかだな)とは閼伽(仏前に供える浄水・功徳水)を置いておく棚のことをいいます。
通常は仏堂の中や縁に造りつける場合と、屋根の付いた棚を縁の外側に置く場合とがあります。


日時:2012年04月11日 10:33
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閼伽井とは


閼伽井(あかい)とは閼伽(仏前に供える浄水・功徳水)を専用とした井戸のことです。また、これを覆う建物を閼伽井屋といいます。
古来からある寺社にはほぼ閼伽井が存在し、信仰・行事に欠かせないものとしてあるばかりでなく、茶事などにも影響をおよぼしています。


日時:2012年04月09日 17:46
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閼伽とは


閼伽(あか)とは、サンスクリット語のアーガの音写であり、供養・功徳を意味します。
インドでは高貴な人物をもてなすときに浄水を奉げる習慣があり、これが仏教にとりいれられ、閼伽は仏に奉げる浄水を示すようになりました。
故に功徳水ともいわれます。


日時:2012年04月08日 10:35
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アヴァダーナとは


アヴァダーナとは十二部経のひとつで、これを音写し「阿婆陀那」と書き、「譬喩(ひゆ)」と意訳されます。
戯曲的な構成を持ち、ブッダ在世中の出来事をもとにし、仏教の因果応報思想を説きます。


日時:2012年04月07日 10:28
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阿育王山とは


阿育王山(あいくおうざん)とは、中国の浙江省寧波市の東方にある寺院です。
劉薩訶が阿育王(アショーカ王)の仏舎利を納めた塔を建立しました。
禅宗の五山のうちの一つに数えられます。


日時:2012年04月06日 10:59
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六境とは


人間の知覚をつかさどる六つの感覚器官を六根といいます。
そして、その六根の対象となるものを六境といいます。

色境…眼による認識
声境…耳による声
香境…花による香
味境…舌による味
触境…身体による触
法境…意識による


日時:2012年04月05日 10:43
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六神通とは


六神通(ろくじんづう)とは、仏や菩薩がもつ六つの不可思議で自在なる通力のことです。

天眼通(てんげんつう) … 常人が見えないものが見える力
天耳通(てんにつう) … 常人が聞こえない者が聞こえる力
他心通(たしんつう) … 他人の考えることがわかる力
宿命通(しゅくみょうつう) … 過去の出来事を見ることができる力
神境通(じんそくつう) … 自在に出現することができる力
漏尽通(ろじんつう) … 煩悩をとりさり迷いを消すことができる力


日時:2012年04月04日 15:09
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臘八とは


臘八(ろうはつ)とは、臘八接心を意味します。
臘は十二月、八は八日を表し、これは釈迦が菩提樹のもとで坐禅をし悟りを開いた日であります。
故に仏教徒はこの日を記念し、様々な行事を行い、とくに禅宗では一日から八日まで続けて坐禅をくみます。


日時:2012年04月03日 15:05
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野狐禅とは


野狐禅(やこぜん)とは、禅宗において、まやかしや邪教なる禅のことをいいます。
またそれに付随し、正しきことをつかんでいないのにつかんでいるふりをする者、正しきことをつかんでいると錯覚している者のことも指します。


日時:2012年04月02日 14:59
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無上正等覚とは


無上正等覚(むじょうしょうとうがく)とは、仏のさとりの智慧のことであり、「阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)」という言葉の訳語です。
このうえなくすぐれ、最上であり、平等円満であることを意味します。


日時:2012年03月23日 10:47
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本覚とは


本覚(ほんがく)とは衆生が本来そなえている悟りの本体をさします。
これに対する言葉が始覚(しがく)という言葉であり、教えを聞き、修行をしはじめて煩悩を打ち破り悟りに達することをしめします。
また本来そなわっている本覚に気付かないことを不覚といいます。


日時:2012年03月22日 10:31
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発心とは


発心(ほっしん)とは、発菩提心という言葉の略です。
菩提心とは悟りをもとめる心であり、発心は仏道を願う心、求道心を起こすことを意味します。
また日本では、転じて出家をすること、心を改めるという意味でも使われます。


日時:2012年03月17日 15:43
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法灯とは


法灯(ほうとう)とは、正しい法が世の迷いの闇を照らす様を灯火に例えあらわした言葉です。
釈尊は入滅に際し「自分の没後は自らを灯とし、法を灯とせよ」と弟子たちに伝えたといわれています。
また仏前の灯という意味もあり、比叡山延暦寺の仏前の灯は開祖最澄以来まだ消えたことのない不滅の法灯とされています。


日時:2012年03月16日 15:34
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報土とは


報土(ほうど)とは、仏の浄土のひとつです。
「報」とは「たねにむくいる」ということを意味し、法蔵比丘の四十八の誓願にむくいあらわれたのが阿弥陀仏という報身であり、その浄土は報土となります。


日時:2012年03月15日 15:30
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遍知とは


遍知(へんち)とは「四諦の道理をあまねく完全に知り尽くす」という意味を持つ言葉で、智遍知ともいわれます。
智遍知に対して断遍知という言葉があり、智遍知を因として煩悩を断ずることを意味します。


日時:2012年03月14日 14:58
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変成男子とは


変成男子(へんじょうなんし)とは仏教の思想で、女性の身体はけがれているためそのままでは仏身となることはできず、いったん男性に生まれ変わり、はじめて仏身となることができるという考えです。
「妙法蓮華経」の提婆達多品第十二の後半に説かれており、転女成仏(てんにょじょうぶつ)・女人変成(にょにんへんじょう)ともいわれます。


日時:2012年03月13日 14:18
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遍照とは


遍照(へんじょう)とは「ヴァイローチャナ」という言葉の訳語であり、大日如来またはビルシャナ如来の原語です。
法身の光があまねく照らすことを意味し、遍照金剛は大日如来の秘密の称号であり、また遍照光明とは阿弥陀如来の光明を意味します。


日時:2012年03月12日 14:12
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平生業成


平生業成(へいぜいごうじょう)とは、生きている平生のうちに、浄土に生まれる原因が完成することをあらわす言葉で、浄土真宗で説かれます。
これと対して、臨終となりはじめて浄土に生まれることが完成することをあらわす臨終業成という言葉があります。


日時:2012年03月11日 15:01
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布薩会とは


布薩(ふさつ)とは、サンスクリット語の「ウパヴァーサ」またはパーリ語の「ウポーサタ」を音写した言葉で、長養・説戒めなどと訳されます。
もとは比丘が半月ごとに衆僧の前でおかした罪を懺悔することを指していましたが、日本においては、年に一度の布薩会(ふさつえ)という行事として生きのこることになりました。


日時:2012年03月10日 14:46
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白毫相とは


白毫相(びゃくごうそう)とは、仏がそなえる常人とは異なるといわれる三十二相のひとつです。
具体的には、眉間にある白色の旋毛で、常に右にまわり収まり、光明を放ち、悩める衆生を照らすといわれています。
如来像のみならず菩薩像にもみられます。


日時:2012年03月09日 12:21
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八相とは


八相(はっそう)とは釈迦が示された八種の相のことをいいます。

降兜率(兜率天から白象にのり降下)・
托胎(マヤ婦人の右脇から入り宿る)
出胎(マヤ婦人の右脇から誕生)
出家(城をでられる)
降魔(悪魔を降伏される)
成道(悟りを得られる)
転法輪(説法・教化される)
入滅(涅槃に入られる)


日時:2012年03月08日 12:14
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八識とは


八識(はっしき)とは、人の心に八種の認識上の区別があるという、唯識仏教の説です。

眼識…眼によって色をしる
耳識…耳によって声をしる
鼻識…鼻によって香をしる
舌識…舌によって味をしる
身識…身体によって触覚の対象をしる
意識…観念を対象とし推理や想像、判断などをする
末那識…常に自我を思念する
阿頼耶識…無意識の領域


日時:2012年02月24日 16:08
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八万四千の法門とは


八万四千の法門(はちまんしせんのほうもん)とは、仏陀がその生涯、五十年の間に説いた種々の教法を総称した呼び名です。
法門の法は教法、門は教法の門から修行者が入り、悟りの境地に達する意をあらわします。


日時:2012年02月23日 15:54
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念仏とは


念仏にあたるサンスクリット語は「ブッダ・アヌスムリティ」といいます。
これは「仏を心に想いうかべる」という意味であり、念仏の本来の意味はこれになります。
阿含経典では、十念のひとつに数えられ、基本的な行法のひとつでした。
そして、大乗仏教にも継承され、仏の名号・相好・法信などが念仏の対象として説かれました。


日時:2012年02月18日 10:42
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如是我聞とは


如是我聞(にょぜがもん)とは、「このように私は聞いている」という意味で経典の冒頭にある言葉です。
この言葉のなかで、「このように」とは経の本文の内容を指し、「私」とは仏弟子アーナンダを指します。


日時:2012年02月17日 10:38
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南無とは


南無(なむ)とは、サンスクリット語の「ナマス」という言葉の音写です。
帰命、敬礼、心から信じるという意味を持ち、仏の名前や経名の頭に冠して、その仏や経に帰依することを意味します。


日時:2012年02月16日 12:18
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智慧とは


智慧(ちえ)とは、社会や人生のありのままの真実のすがたを見きわめ、これをつかむ働きです。
知識とは物事を分析的に、捉え判断する行いであることに対し、智慧は全体を直観する能力です。
このような智慧の完成者が、仏となります。


日時:2012年02月15日 10:36
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貪・瞋・痴とは


貪・瞋・痴(とん・じん・ち)とは、人間にとってもっとも根本的な三種の迷いのことで、三つを合わせ、三惑。三毒煩悩ともいわれます。
貪は貪欲(むさぼり)、瞋は瞋恚(いかり)、痴は愚痴(おろかさ)をあらわします。


日時:2012年02月13日 16:36
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檀越とは


檀越(だんおつ)とは「ダーナパティ」の音写であり、仏者にものを施す信者をあらわします。
日本ではこの言葉は次第に転訛し、中世以降では檀那・檀中といわれ、今日では檀家・檀徒などといわれます。


日時:2012年02月12日 16:16
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対機説法とは


対機説法(たいきせっぽう)とは、説法をする相手(機)の能力や性質を考え、それに応じて、その相手にふさわしい方法で教えを説くことをいいます。


日時:2012年02月11日 14:27
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雑行とは


雑行(ぞうぎょう)とは正行の対となる言葉です。
正行とは真正の行業、つまり、読誦・観察・礼拝・称名・讃嘆供養の五種をさします。
これ以外の諸善を修め極楽に往生しようとすることが雑行となります。


日時:2012年02月10日 14:15
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専修とは


専修(せんじゅ)とは、他の行を修めることなく、一事を修めることをいいます。
また称名念仏のみを修することもいいます。
これに対し、他の行をまじえて修めることを雑修といいます。


日時:2012年02月09日 11:14
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摂取不捨とは


摂取不捨(せっしゅふしゃ)とは、仏の慈悲の光が苦悩の世界にある衆生をそのなかに摂めとり、これを救い見捨てることがないという意味です。


日時:2012年02月08日 11:11
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数息観とは


数息観(すそくかん)とは仏教にある様々な観法修行のひとつです。
吐く息と吸う息とを静かに数えながら、心の想念の乱れを平静にします。
結跏趺坐、または普通の静坐(賢坐)の姿勢で行います。


日時:2012年02月02日 15:37
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成道とは


成道とは悟りをひらき、仏となることです。
とくに釈迦が菩提樹のもとで悟りをひらかれた意味に用いられることが多く、日本では十二月八日に、釈迦の悟りをひらかれた日として、この日を記念し、成道会が営まれます。


日時:2012年02月01日 15:24
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正定聚とは


正定聚(しょうじょうじゅ)とは三定聚(正定聚・邪定聚・不定聚)のうちのひとつであり、必ず仏となると決定されたものです。
邪定聚は必ず地獄などの悪道に落ちます。また不定聚は仏になるとも地獄に落ちるとも決まっていないということです。



日時:2012年01月31日 16:20
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巡錫とは


巡錫(じゅんしゃく)とは仏教を広め、信仰をうえつけるたえ、高僧が諸方を訪れることを言います。
旅支度で錫杖をつき、様々なところを巡り歩いたことから、巡錫と呼ばれます。


日時:2012年01月31日 16:11
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十万億土


娑婆世界(現実社会)から極楽世界(阿弥陀仏が教化する国土)にいたる所に仏土の数が十万億あることをいいます。また、十万億の数は距離感を示すものであります。


日時:2012年01月19日 17:18
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修行


身体と口と意(心)の3方面から仏道を実践することであり、原則として戒律と禅定と智慧の三学によって修行するのであります。しかし、大乗仏教では行(修行)によって証(悟り)を得る修行の大道が行われます。


日時:2012年01月18日 17:59
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自信教人信


自ら仏法を信じ、他人にも信じさせることであるが、それは至難の技といわれています。しかし、信じがたい凡夫にそれを説いているのに気づくことが自分ひいては他人を「信の世界」(仏の世界)に入ることができる第一歩である。また、たとえ迷っても常に中心となるものをとりはずずことなく生活する所に「信の世界」があり、「信の世界」を知ることも人を信じることになります。


日時:2012年01月17日 17:55
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沙弥


仏道の修行を志してしたもので、入門式のときに十種の沙弥戒を受け成人になるとさらに二百五十種の戒を受けます。


日時:2012年01月17日 17:54
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沙門


サンスクリット語でシュラマナと言い、文字通り仏門に入るもの所謂、僧侶のことで、これに出家を加えて出家沙門とも言います。善いことを勧め、悪いことは止息するものであります。


日時:2012年01月17日 17:52
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十地


菩薩の修行段階を五十二位に分けたうちの四十位から五十位までを言います。これを大乗菩薩十地といい、『華厳経』、『仁王般若経』など諸大乗経典に説かれます。


日時:2012年01月17日 17:51
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十住心


十段階に分けて説かれる人間に心の安住で、第一住心は「異生羝羊心」、第二住心は「愚童持斉心」、第三住心は「嬰童無畏心」、第四住心は「唯蘊無我心」、第五住心は「抜業因種心」、第六住心は「他縁大乗心」、第七住心は「覚心不生心」、第八住心は「一道無為心」、第九住心は「極無自性心」、第十住心は「秘密荘厳心」であります。特に、「秘密荘厳心」は密教で仏果のことであります。


日時:2012年01月17日 17:50
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地獄・極楽


地獄とは罪障の最も深い者が死後ここに来て呵責を受ける地下の牢獄であり、瞻部州の地下五百由旬の所及び鉄囲山の外辺黒闇の所に百三十六の地獄があります。一方、極楽は極楽浄土を言い、浄土真宗のご本尊である阿弥陀仏の居所で、西方十万億土を過ぎた所にあります。また、極楽往生して生死、寒暑などの苦しみがなく諸事円満できるとされています。


日時:2012年01月10日 17:53
続きを読む”地獄・極楽”

止観


止観とは妄念を止めて正しい智慧で対象を観察することである。中国天台宗の「智據廚亙教修行の実践法として『摩訶止観』十巻を著わしました。


日時:2012年01月10日 17:52
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三輪身


三輪身とは自性輪身・正法輪身・教令輪身であり、自性輪身とは仏の身を現して本地自性の身で教化利益することで正法輪身とは菩薩の身を現して正法を説いて衆生を教化することで教令輪身とは明王の身を現して命令して教化することである。


日時:2012年01月10日 17:51
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三密


三密とは身密・語密(口密)・意密(心密)の三つであり、仏の身体と言語と心の行為は凡人の考えの及ばない秘密不思議であるからこのように言います。


日時:2012年01月10日 17:51
続きを読む”三密”

三宝


三宝とは仏宝・法宝・僧宝の三つで、これらは宝のような無上の価値あるものである。「仏」はいうまでもなく最高宗教的人格の完成者つまりお釈迦様であり、「法」はお釈迦様の教えつまり仏教であり、「僧」はお釈迦様を宗教上の理想像として宗教を実践する団体をいう。したがって、すべての宗教が成立するための最低必要条件でもあります。


日時:2012年01月10日 17:49
続きを読む”三宝”

三大


三大とは体大、相大、用大を言います。体大は心の実体である真如の自体を言い、相大は真如が無量の功徳を持つことを言い、用大は真如が衆生を教化し、善をなさせ善果を得さしめることを言います。


日時:2012年01月06日 17:39
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三千世界


三千世界とは菩薩、聴聞、阿修羅など一切衆生の住む環境世界である。すなわち、三種の「須弥山」と呼ぶ高山を持つ極めて大きい世界を千倍した世界、さらにそれを千倍した世界、またそれを千倍した世界から成立している迷いの世界である。


日時:2012年01月06日 17:38
続きを読む”三千世界”

三災


三災には小の三災と大の三災があり、小の三災とは存在の期間に生じる刀による殺し合い 、疫病の流行、飢饉の三つである。大の三災とは破壊する期間に生じる火災、水災、風災の三つである。


日時:2012年01月05日 17:45
続きを読む”三災”

散華


散華とは宗教儀式の場合に道場を浄めるために仏前に花を捧げることです。禅宗では、
 この場合、酒水と香炉と散華を行い道場を浄めます。つまり、水をまきお香を焚き花を
 捧げます。


日時:2012年01月04日 15:16
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斎戒


別名物忌みとも言われ、祭前にこれに従事する人が身心を清め、汚穢に触れるのを忌むこ
 とである。例えば、酒肉を断ったり女性を近づけたりしないことです。しかし、仏教では
 魚を食べることを強く忌み、神道ではそれを避けない等仏教と神道の物忌みに違いがあり
 ます。


日時:2012年01月04日 15:15
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五欲とは


五欲(ごよく)とは仏教において、人間の欲望を分類したもののひとつです。
人間には眼・耳・鼻・舌・身の五つの感覚器官があり、それに応じた色・声・香・味・触の五境が人間の欲を引き起こします。これを五欲といいます。


日時:2011年12月22日 11:46
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五分法身とは


五分法身(ごぶんほっしん)とは悟りをひらくに至ったものがそなえる五つの功徳のことです。

戒 …身口意の三業を過非を離れること
定 …一切の妄念を離れること
慧 …真智円明で法性を観達する根本智
解脱 …心身一切の繋縛の解脱
解脱知見 …自らが解脱をしていることを知ること


日時:2011年12月21日 11:24
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五智とは


五智(ごち)とは密教になりでてきた五つの智慧という考え方です。

法界体性智…ものの本性
大円鏡智…鏡のごとく万象を顕す
平等性智…ものを差別なく観る
妙観察智…ものの働きを観る
成所作智…ものの働きを完成さす

この五つの智慧を体現したものが大日如来・阿閦如来・宝生如来・阿弥陀如来・不空成就如来からなる五智如来です。


日時:2011年12月16日 11:29
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五濁とは


五濁(ごじょく)とは末法悪世の時代に起こる五つの穢れのことです。

劫濁(こうじょく)…以下の四濁がおこる時代の穢れのこと
見濁(けんじょく)…邪悪な思想や見解が栄えること
煩悩濁(ぼんのうじょく)…むさぼり、いかり、おろか等がはびこること
衆生濁(しゅじょうじょく)…人の体が弱く、苦が多くなり、福が少なくなること
命濁(みょうじょく)…寿命が短くなること


日時:2011年12月15日 11:19
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居士とは


居士(こじ)とは僧ではなく、一般の人で、仏道を慕いこれを学ぶ男性のことをいいます。
維摩居士などがその例にあたります。


日時:2011年12月05日 10:11
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五根とは


五根(ごこん)とは人間の身体を構成する、眼・耳・鼻・舌・身の五つの器官のことです。
これに心の働きをなす意根が加わり六根となり、それを清めることを六根清浄といいます。
五根については、これが全て完全ならば「五根具足」といい、足りないところがあれば「五根不具」といい、釈尊の教団では五根不具の者に対しては、入団にあたりいろいろな制限が設けられていました。


日時:2011年12月04日 10:34
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五逆罪とは


五逆罪(ごぎゃくざい)とは無間地獄に堕ちるとされるもっとも重い罪のことです。
代表的なものに以下の五つがあります。

・父を殺す。
・母を殺す。
・阿羅漢を殺す。
・仏の身より血を流させる。
・教団の和合を破らせる。


日時:2011年12月03日 10:18
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光明とは


光明(こうみょう)とは仏の智恵を象徴する言葉です。
光明には智光(心光)と身光(色光)があり、智光は智恵の威光そのもの、身光は智恵の威光が外部に形をとりあらわれたものをさします。


日時:2011年12月02日 11:42
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降魔とは


降魔(ごうま)とは悪魔を降伏させるという意味をもつ仏教用語です。
代表的なものとして、釈尊が成道つまり、悟りをひらく折に、欲界の第六天が悪魔の相を現じて種々の妨害をしまし
たが、釈尊はこれをことごとく退けられたというエピソードがあります。


日時:2011年12月01日 11:29
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却とは


却(こう)とは仏教の説話などで使われる時間の単位で、きわめて長い時間をさします。
「方高四十里の城に芥子(けし)を満たし、三年毎に一粒を取り去って、ついに全部の芥子がなくなる期間」と説明され、一説には四十億年ともいわれます。


日時:2011年11月30日 14:16
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外道とは


外道(げどう)とは一般的には道から外れた人をあらわす言葉ですが、もとは仏教用語です。
仏教を内道というのに対し、仏教以外の諸宗教をさします。


日時:2011年11月29日 10:37
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血脈とは


血脈(けちみゃく)とは、仏教において戒律を弟子に授けたときに必ずあたえられるものです。
つまり、戒を授けたり、受けたりしたものの系譜であり、戒による宗教的、そして精神的な血のつながりを意味します。


日時:2011年11月28日 10:33
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結縁とは


結縁(けちえん)とは、なんらかのきっかけで、仏法と縁をむすび、未来の成仏の修行に入る気になることをいいます。


日時:2011年11月19日 10:44
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灰身滅智とは


灰身滅智(けしんめっち)とは、無余涅槃のさとりに入り、身を灰にし、智を滅することで、心身ともに無にきせしめることで、小乗仏教の理想とする境地とされます。


日時:2011年11月18日 10:26
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薫習とは


薫習(くんじゅう)とは、身や口による善悪の言動と心の善悪の思想に従い、それが潜在的に意識に蓄積する様が、香がものに移り付着するようであることをあらわした言葉です。


日時:2011年11月17日 11:03
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行住坐臥とは


行住坐臥(ぎょうじゅうざが)とは、人間の動作・行動のありかたは、動いている(行)・立ち止まっている(住)・すわっている(坐)・横たわっている(臥)のいずれかの状態であり、この四字を組み合わせ、人間の動作・行動の一切を示しています。


日時:2011年11月16日 10:41
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祈雨法日記とは


祈雨法日記(きうほうにっき)とは、醍醐寺座主であった勝賢(しょうけん)が建仁二年(1191年)五月に修した祈雨法を著したものです。
祈雨法とは、干天のときに雨が降ることを祈る修法です。


日時:2011年11月15日 10:32
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翰林図画院とは


翰林図画院(かんりんとがいん)とは中国宮廷の画家組織であり、寺院や宮殿などの壁画や碑文の制作にあたりました。
唐代にそのはじまりがみられ、五代で制度化がすすみ、宋代には職階が設けられました。
徽宗の時代に最も盛んとなり、院体様式が確立し、後世におおきな影響をあたえました。


日時:2011年11月14日 10:22
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灌仏盤とは


灌仏盤(かんぶつばん)とは灌仏会の際に釈迦童像を奉置する水盤のことです。
その多くは銅製で鍍金を施し、浅い椀状のもので、遺品としてもっとも古いものに、奈良時代の東大寺・誕生釈迦仏立像と灌仏盤一具があげられます。


日時:2011年11月11日 11:04
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観音経変相とは


観音経変相(かんのんぎょうへんそう)とは、観音経(法華経普門品)で説かれている内容を図示したものです。
一心に観音菩薩を供養し、その名号を念ずるならば多くの厄難から逃れうることを表します。
画面の中央に観音菩薩像がおおきく描かれ、左右に観音八難救済の各場面や観音の三十三身、その他の内容が描かれます。


日時:2011年11月10日 10:34
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看話禅とは


看話禅(かんなぜん)とは、臨済宗で用いられる坐禅の修法で、公案の意味を考えながら坐禅をする禅のことです。
公案禅ともいわれ、中国の宋代に盛んになった禅修業の修法です。


日時:2011年11月09日 11:06
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灌頂とは


灌頂(かんじょう)とは、もとはインドの王が即位するとき、海水を王の頭にかけ祝うという儀式でしたが、これが仏教でも用いられるようになり、修行を終え阿闍梨の位につくとき行うなど、大切な儀式となりました。
また天皇の即位の際に行われることもあり、それが後世に密教的な傾向を持つようになり、極楽の秘訣を授ける意味を持つ楽道灌頂という言葉もでてきました。


日時:2011年11月08日 10:50
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勧請とは


勧請(かんじょう)とは本来仏教用語であり、釈迦が悟りをひらいた際に、多くにその教えが説かれるように梵天にお願いしたものがはじまりといわれており、密教では大きな役割を持っています。
しかし日本においてはこれが神道でも用いられるようになり、山奥や離れたところにある神社の霊をわけて他の場所に移すという意味合いでも使われるようになりました。


日時:2011年11月07日 10:46
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願行具足とは


願行具足(がんぎょうぐそく)とは、願いと実践がともにそなわっていること、つまり、仏になるためには、その願いをたて、そのための修行や実践をすることは当然のことであり、これらがそなわっていなければ仏になれないということである。
このことは宗派により解釈が違ってきます。
浄土宗では、真実に生き往生したいと願う心を「願い」とし、念仏をすることを「行」ととらえるため、これが人間の側にあるものとしますが、真宗ではすでに阿弥陀仏が願いを立て修行をしているのでこれは仏の側でなしとげられているとし、受け取る立場であるとします。


日時:2011年11月01日 11:00
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果報とは


果報とは一般的には、良き運を授かり幸福な状態であることを示す言葉ですが、仏教では、過去世の行いの結果、現世で受ける報いという意味で、異熟ともいいます。
詳しくは、過去の世の業果(よい業やわるい業)による結果であるので果といい、その業に応じた報いであるので、報といいます。


日時:2011年10月31日 10:52
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我執とは


我執(がしゅう)とは、自我の存在に執われた見解のことです。
インド上古の哲学思想では、自我の存在を強く認めましたが、仏教では一切の存在は無我であると主張しました。
我があるのは妄執であり、我見にとらわれていては正しくものを見ることはできず、正見は我執をはなれるのが条件であるというのが仏教の思想です。


日時:2011年10月27日 11:18
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唵とは


唵(おん)とは聖なる言葉、聖句であり、もとは「承諾」という意味をあらわす敬語でした。
この言葉は仏教、とりわけ密教の特有の言葉のように考えられがちですが、インドにおいては仏教以前からこの言葉を神聖視し、ことあるごとに唱えられていました。


日時:2011年10月26日 11:04
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厭離穢土とは


厭離穢土(えんりえど・おんりえど)とはいまの穢れた居所である娑婆世界をいとい離れるといういみです。
つまり、穢れのない清らかな、苦しみの無い安楽な世界に生まれたいと願うことであり、そのまま「欣求浄土」と同じことになります。
すなわち、心から極楽浄土に生まれることを願い求めるということになります。


日時:2011年10月25日 15:07
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衣鉢とは


衣鉢(えはつ・いはつ)とは三衣一鉢のことで、僧侶の持物のなかでもっとも大切とされているものです。
これが整っていることが、出家受戒のときの条件とされました。
禅宗では師が弟子に法を伝授するのに袈裟と鉄鉢を授けたことが由来となり、法を伝えることを「衣鉢を伝える・衣鉢をつぐ」といいます。


日時:2011年10月24日 14:57
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有漏・無漏とは


漏とは煩悩のことです。煩悩があるものを有漏(うろ)、煩悩を離れたものを無漏(むろ)といいます。
また、煩悩とともに結びつき、それを増長させるものを有漏法といい、その反対のものを無漏法といいます。


日時:2011年10月20日 16:45
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有学・無学とは


有学(うがく)とは、仏教の真理を知ってはいるが、煩悩をまだ断ち切ることができず、阿羅漢果に到っていないので、まだ学ぶべき余地があることをいいます。
対して、無学とは仏教の真理をきわめ、もう学ぶべきものが無く、阿羅漢果に到っていることをあらわします。


日時:2011年10月19日 16:36
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有為・無為とは


有為とは因縁によって生じた現象的存在をあらわします。
無為とは因縁によって造られたものはなく、永久不変の絶対的存在(真如)をあらわします。
無為とは本来、「涅槃」という言葉の異名でしたが、後に種ヶの無為がたてられるようになりました。


日時:2011年10月18日 10:19
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有為転変とは


有為転変(ういてんぺん)とは、この世が一瞬たりとも休むことなく、時々刻々と移り変わってゆき、ものごとが次々と変化するということを表す言葉です。「有為」とは梵語の「サンスクリタ」の訳語で、因縁により作られた現象的存在すべてをさします。


日時:2011年10月17日 10:13
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引導とは


引導(いんどう)とは、迷える人を仏道に導きいれるための所作を指し、「死者に引導をわたす」というように使われます。
このことから「引導をわたす」という言葉が一般的に最後通牒をいいわたすという意味で使われるようになりました。


日時:2011年10月16日 11:00
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因位とは


因位(いんに)とは、成仏の修行(因行)をなしている位のことをいい、仏果(ぶっか:修行の結果として得られる成仏)に対となる言葉です。


日時:2011年10月15日 16:12
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一闡提とは


一闡提(いっせんだい)とは、サンスクリット語の「イッチャンティカ」を音写した言葉で、仏となる因をもたないもののことをあらわします。
「入楞伽経」ではこの一闡提を二種にわけて、解脱の因を欠く断善根のものを断善闡提、菩薩が一切衆生を救済するために故意に涅槃に入らないのを大悲闡提と称しています。


日時:2011年10月14日 15:52
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一切衆生悉有仏性とは


一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)とは「一切の衆生にはすべてひとしく仏性が存在する」ということです。
この仏性とは「仏になる可能性または潜在能力」ということです。
すべてのものがもっているこの仏性も、人間の欲望やけがれなどの煩悩に覆いつくされており、それを取り除くのが仏性を外にあらわすための必要条件となります。そしてその方法により宗派が分かれてくるということになります。



一切皆苦とは


一切皆苦(いっさいかいく)とは「人生は苦であり、この世のあらゆる存在も現象も、すべて苦の原因でないものはない」という意味です。
つまり、幸福も不幸もともに永遠ではなく、つまるところはすべて人間を苦しめる原因となり、永遠でないものを永遠と錯覚することから離れなさい、というのがこれを説いた釈迦の真意です。


日時:2011年10月12日 10:49
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一蓮托生とは


一蓮托生(いちれんたくしょう)とは、のちの世において極楽浄土に美しく咲く同じ蓮華の花の上にともにひとしく生まれ出たいと一心にたのむことを意味します。言葉を変えていうと、念仏を唱えともにひとしく往生したいという願いということになります。
しかし、のちに意味が転化し、深い契りを結んだ者達が生死をともにする、善くても悪くても行動をともにし運命をともにするといった意味で使われるようになりました。


日時:2011年09月25日 10:42
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一乗とは


一乗(いちじょう)とは唯一の乗り物、すなわちただ一つの教えを意味します。
天台宗の教学では人の心の境涯を、「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上・声聞・縁覚・菩薩・仏」の十に分けられ、声聞と縁覚を小乗の教法として二乗と呼びますが、一乗はそのすべてをなかにふくむ、大きな真実の教えであることをあらわします。
法華経や華厳経で一乗を目指すのが天台宗や華厳宗であり、一乗家と呼ばれました。


日時:2011年09月24日 10:21
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易行道・難行道


真宗において七祖の一人とされる竜樹の「十住毘婆沙論」の「易行品」の章に基づき、曇鸞が浄土の道を易行道、自分の力を評価し仏のさとりを得るために修行するみちを難行道としました。
易行道はただ仏への信によって仏の力をいただき往生することができるとされ、易行道は他力であり難行道は自力であるといわれます。


日時:2011年09月23日 10:45
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安居とは


安居(あんご)とは、雨安居もしくは夏安居の略された言葉であり、インドの仏教僧院で雨期に外出せず、坐禅修学につとめることを意味します。
もともとはインドのバラモンの風習であり、雨期には多くの虫が発生するので、これを外出し踏みつぶさないようにと配慮したのが由来です。
日本においても夏や冬に講学修道する安居は行われており、その開始を結夏(けつげ)、その終了を解夏(げげ)といいます。


日時:2011年09月22日 10:45
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阿字とは


インド人のアルファベットはアが最初にきており、他のすべての母音と子音はそこから始められます。またすべての子音は特別な印がないかぎり、アの母音をともない発音されることから、アはすべての音声・言語・観念の根本であるという考え方が古くからありました。
そして、密教の時代になり、アは言語のみならず、すべての現実と実在のもとと考える「阿字本不生」という思想がでてきました。


日時:2011年09月21日 11:09
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十悪とは


仏教では悪を、身体による悪しき行為と言葉による悪しき行為、心による悪しき行為に分け、身三(殺生・偸盗・邪婬)、口四(妄語・両舌・悪口・綺語)・意三(貪欲・瞋恚・愚痴)の十悪を数えます。
これらの十悪を転じ、十善を行ずるのが仏教の理想とされています。


日時:2011年09月20日 10:29
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除夜とは


除夜(じょや)とは、もともとは中国では節分や冬至の前夜をさしていたようですが、日本では大晦日のことをあらわします。
この夜には、各寺院で、一年の終わりにあたっての法会を催し、過ぎ去る年の罪過を反省し、来る年の幸福を祈願します。
このときに行われる、人々の煩悩を消すために、梵鐘を百八回打ち鳴らす「除夜の鐘」は正しくは法会が終わった時点でつき始め、百七回までは年内に、最後の一つきは年が明けてからとされているようです。
百八回うつのは、人間の煩悩は百八あるからといわれています。その内容は人間の六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)とその対象である六塵(色・声・香・味・触・法)にふれるとき、三種の感覚(好・悪・平)を生じるので、十八の煩悩が起き、さらにそれぞれ染・浄の二種があり三十六となり、それがそれぞれ過去・現在・未来の三種があるので、合計百八の煩悩になるという一説があります。


日時:2011年09月19日 10:29
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仏名会とは


仏名会(ぶつみょうえ)とは陰暦十二月十九日からの三日間、宮中や諸寺院で行われた法会のことで、御仏名ともいわれます。その内容は三世(過去・現在・未来)の諸仏の名を唱え、その年に犯した罪を懺悔し、罪障消滅を祈るものです。
具体的には、過去・現在・未来における三千の仏の名を唱えながら、一仏ごとに床に両膝・両肘・額をつけるもっとも丁寧な礼拝・「五体投地」を繰り返すもので、昔の宮中では、三千仏を描いた本尊をかけて香や花を添え、夕方から朝まで僧侶に五体投地を繰り返させながら、その間、天皇が和琴を弾いたり、大臣が弓弦を鳴らし悪魔祓いをしたといわれています。
現在でも、十二月一日に京都の清水寺、六日に智恩院、九日に壺坂寺、一月九日には長谷寺などで行われています。


日時:2011年09月18日 10:17
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成道会とは


成道会(じょうどうえ)とは釈尊がブッダガヤの菩提樹の下でさとりをひらき、仏陀となった日を記念して行われる法会のことです。日本では十二月八日に行われることから臘八会(ろうはちえ)ともいわれます。
成道の道とはさとりのことをあらわし、つまり成道とは「さとりの完成」を意味します。
この十二月八日というのが歴史的事実であるのかどうかはあきらかではなく、経典には二月八日と四月八日の説があります。
中国の唐暦では二月が十二月にあたるため、日本においても十二月八日に行われるようになったのだろうとされています。
また、禅宗の道場ではこの時期には「臘八接心」といわれる最も厳しい修行が行われます。その内容は釈尊の成道にあやかり、十二月一日から八日の朝まで、ほぼ不眠不休で坐禅に没頭するというものです。


日時:2011年09月17日 10:32
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報恩講とは


報恩講(ほうおんこう)とは一般的には祖師の忌日に報恩のために信者が中心となり行う法会のことをあらわしますが、現在ではたいがいは、浄土真宗で親鸞聖人の徳を讃え、一週間にわたり行われる法会のことをさします。
また、浄土真宗の教義では、報恩講は、念仏の信心を深め合うための集会であり、親鸞聖人の亡くなられたことを悔やむ追悼供養の法会ではありません。
親鸞が入滅したのは、弘長二年(1262年)十一月二十八日であり、これにちなみ東本願寺では十一月二十八日、西本願寺では陽暦に直した一月十六日をそれぞれ最終日とし、七昼夜にわたり報恩講がおこなわれます。
報恩講はその名が示すとおり、「講」であるので寺院だけではなく、一般の信者の家でもおこなわれます。


日時:2011年09月16日 10:48
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お十夜とは


お十夜とは、天台宗や浄土宗で行われる念仏法会のひとつのことです。
陰暦十月六日から十五日の十昼夜にわたり、行われていましたが、現在では三日三夜、あるいは一日に短縮し行われることが多いようです。
その起源は、室町時代に京都真如堂において、平貞国が三日三夜、「不断念仏」を行い、さらに七日七夜念仏を続けて十五日に結願したことが始まりとされています。
また浄土宗においては、後土御門天皇のとき、勅命により、鎌倉光明寺の祐崇上人が宮中で引声念仏を営んだのがはじめとされています。


日時:2011年09月15日 10:31
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御会式とは


御会式(おえしき)とは、日蓮宗の開祖・日蓮の忌日に営まれる報恩会のことです。
日蓮が入滅した地・東京池上の本門寺で営まれる御会式はとくに有名で、万灯をつけた長い竹棹が数十本立ち並び、信徒はうちわ太鼓を叩き、「南無妙法蓮華経」というお題目を唱えながら参詣します。
もとは陰暦十月八日から十三日まで営まれていましたが、現在は十月十一日から十三日の間まで営まれます。
また、山梨県身延町の総本山久遠寺では十月一日から四日間、日蓮生誕の地・千葉県誕生寺では十月十二日と十三日に営まれます。


日時:2011年09月14日 10:18
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施餓鬼会とは


施餓鬼会(せがきえ)とは飢えに苦しむ餓鬼や無縁の亡者の霊に飲食を施そうという法会で、七月か八月の盆月のうち、適当な日を選び、各地の寺で毎年行われます。
もとは弘法大師により、中国から伝えられたもので、除病延命を祈る密教の修法でしたが、日本では餓鬼のイメージと、飢饉や災害で非業の死を遂げた者の姿が重なり、怨霊を沈めるために行うことが盛んになったのであろうといわれています。
しかし、浄土真宗ではすべての死者は極楽に往生しているとされるので、施餓鬼会は行われません。


日時:2011年09月13日 10:11
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精霊流しとは


精霊流し(しょうりょうながし)とは、盆の十五日の夕方または十六日の朝に供え物などを川や海に流し、精霊を送る行事のことです。地域によっては灯籠を流すところもありますが、これは送り火と精霊流しがあわさったものです。
日本人の伝統的な他界観では人は死後、「山中他界」・「地中他界(黄泉の国)」・「海上他界(常世の国)」にいくと考えられており、お盆には精霊は山中他界から帰ってきて、海上他界に去っていくと考えられていました。故に川や海に精霊を送る風習ができました。


日時:2011年09月12日 11:21
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迎え火・送り火とは


迎え火とは、盆に先祖の霊が灯りを頼りに帰ってくると考え、十三日の夕刻に日を焚く習慣です。
仏壇や精霊棚の前に盆提灯や盆灯籠をともし、庭先で迎え火としておがらを焚きます。また、墓に参り盆灯籠に火をつけ、そこから提灯もって案内してくる、迎え盆をするところもあります。
そして、盆の期間中、精霊棚に安置していた先祖の霊を、十六日にふたたび火を焚いて送り出す、送り火が行われます。
送り火は各家庭でも行われますが、とくに大規模で有名なものに京都の大文字焼きがあります。


日時:2011年09月11日 10:50
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地蔵盆とは


地蔵盆とはお盆の月に行われる地蔵菩薩の縁日のことです。
地蔵菩薩の縁日は毎月二十四日に行われますが、お盆の月の二十四日はとりわけ盛大に行うところが多いようです。
とくに関西地方で盛んであり、京都ではその前日から、町々の石地蔵におしろいを塗り、目鼻にくまどりをし、よだれかけを新しいものにする風習があるようです。
また石地蔵の前に屋台をしつらえ、香や花、灯明、ほおずき、団子、果物などを供え、ゆかたの姿をした子供たちが念仏を唱えるすがたも見られます。


日時:2011年09月10日 10:40
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四万六千日とは


観音信仰のお寺では毎年七月十日にお参りをすると、四万六千日の間、日参したのと同じ功徳があるとされており、この縁日のことを四万六千日(しまんろくせんにち)といいます。
東京の浅草寺がこの縁日で有名であり、この日には境内にほおずき市が立ち、風鈴などの夏の風情のある品々が売られ、人々でにぎわいます。
この四万六千という数の由来には、一升のお米の粒の数は四万六千であり、一升は一生と同じ読みだから四万六千は一生を意味する、など様々な説があります。


日時:2011年09月09日 14:08
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大茶盛とは


大茶盛とは四月の第二土曜日・日曜日に奈良の西大寺で行われる献茶行事です。
この日、西大寺では模型の八幡神社を置き、直経約30cm、高さ20cmもの大きな茶碗に長さ35cmの茶筅でお茶を立て、まわし飲みをします。
はじまりは延応元年(1239年)に叡尊(えいそん)が修正会の最後の日に、鎮守の八幡神社に参拝し、献茶を行ったことにあります。


日時:2011年09月07日 10:11
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彼岸とは


彼岸とは春分・秋分の日をはさんで前後一週間、先祖の供養やお墓参りをする行事のことで、正しくは彼岸会(ひがんえ)といいます。
彼岸はインドや中国ではみられない日本独特の風習ですが、彼岸という言葉自体は仏教用語の「パーラミター(波羅蜜多)」という言葉の漢訳「到彼岸」を略したものです。到彼岸とは向こう岸、すなわち仏の世界に至ることを意味します。つまり、彼岸はもともとは先祖供養のための期間ではなく、仏の世界に至ることを願い、行いを慎む期間であったのだろうとされています。


日時:2011年09月06日 10:51
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涅槃会とは


涅槃会(ねはんえ)とは陰暦二月十五日の釈迦入滅の日に行われる法会で、「仏生会」・「成道会」とともに三大法会とされる法会のことです。現在は三月の十五日に行うところも多いようです。
日本では推古天皇の時代に、奈良の元興寺で行なわれたものが最初とされており、その後全国の寺院に広まり、さらには民間にも広まっていきました。
涅槃会の日には各寺院で「涅槃図」が掲げられ、「遺教経」などが読誦されます。
この「涅槃図」には釈迦が右脇を下にして横臥し、周りには弟子をはじめ鬼神、動物など森羅万象のあらゆるものが嘆き悲しむ姿が描かれています。


日時:2011年09月05日 12:06
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大般若会とは


大般若会(だいはんにゃえ)とは「大般若波羅蜜多経」六百巻を転読し、国家安寧・災害防止・家内安全などを祈祷する法会のことです。天台宗・禅宗などの各寺院で、正月三が日の早朝に行われます。
全巻全てを読むのではなく、転読という略して読む読み方で行われ、各巻を読み終える最後に「降伏一切大魔最勝成就」と大きな声で唱えられます。
「大般若波羅蜜多経」はいっさいのものは本質的に「空」であると説く大乗仏教の経典で、日本では自然の災害を消滅させる力がある経典と考えられ、奈良時代から大般若会はさかんに行われました。


日時:2011年09月04日 11:43
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修正会とは


修正会(しゅしょうえ)とは正月の元日から、三日間から一週間の間、寺院で国家の繁栄や五穀豊穣を祈る法会のことです。
修正会は中国で始まった行事ですが、日本では神護景雲二年(768年)から奈良の七大寺をはじめ全国の国分寺で実施されました。
そしてこれが宮廷にもちこまれると、一日から七日までは神事を、八日から十四日までは仏事を行うことになりました。これは「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」といい、現在においても京都の東寺や比叡山延暦寺などで非公開というかたちで行われています。


日時:2011年09月03日 13:05
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普回向とは


普回向(ふえこう)とは回向文のひとつです。
回向文とは、お経などを読誦したあとに、これは何のために・誰のために読んだのかということを述べる文句であり、普回向はどんな場合でも使える内容のものです。
もとは法華経の第七化城喩品にある文句ですが、内容が普遍的なため広く使われています。

「願以此功徳(願わくはこの功徳をもって)
普及於一切(あまねく一切に及ぼし)
我等与衆生(われらと衆生と)
皆共成仏道(皆共に仏道を成ぜんことを)」

また、浄土宗や真宗では、唐の善導の著した「観経玄義分」の序偈からとられた、「回向偈」という文句が使われます。

「願以此功徳(願わくはこの功徳をもって)
平等施一切(平等に一切に施し)
同発菩提心(同じく菩提心を発して)
往生安楽国(安楽国に往生せん)」


日時:2011年09月02日 12:33
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五観の偈とは


五観の偈(ごかんのげ)とは、おもに禅宗系の寺院で食事の前に唱えられる文句のことで、中国の禅僧・百丈懐海が現在のかたちにまとめたといわれています。
禅宗では食事も大切な修行であると考えられているので、このような文句を唱える以外は、いっさいの私語は許されません。

一つには功の多少を計り、かの来処を量る。
(一つには、この食事がどれほどたくさんの人の苦労によってできているかをよく考えていただきます)
二つにはおのれか徳行の全欠を忖って供に応ず。
(二つには、自分の修行がこの食事をいただくに値するほど真剣であったかどうか、よく反省していただきます)
三つには心を防ぎ過を離るることは貪等を宗とす。
(三つには、むさぼりの心・怒りの心・愚痴の心を離れることを心がけます)
四つにはまさに良薬を事とするは形枯を療ぜんがためなり。
(四つには、食欲を満たすためではなく、この体に対する薬だと思っていただきます)
五つには成道のための故に今この食を受く。
(五つには、さとりをひらくためにこの食事をいただきます)


日時:2011年09月01日 11:59
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懺悔文とは


懺悔文(さんげもん)とは仏を前にし、自らの犯した罪を告白し、悔い改めることを誓うときの文句のことです。
仏教では悪い行いをしたとき、自分ひとりで反省するのではなく、先輩僧などに告白し、罪を懺悔することが大切とされています。
懺悔文は通常、漢文のまま唱えられます。

「我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう) 皆由無始貪瞋癡(かいゆうむしとんじんち)
従身語意之所生(じゅうしんごいそしょしょう) 一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)」


日時:2011年08月31日 10:31
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四弘誓願とは


四弘誓願(しぐせいがん)とは仏教を学ぶ者が、つねに心に抱き続けるべきである誓いと願いを表明する言葉のことです。
四弘誓願の原型は「心地観経」というお経にあり、天台宗の大成者である中国の智擇現在のような形に整理したとされています。
その内容は漢訳、日本語読みでそれぞれ以下のようになります。

「衆生無辺誓願度 煩悩無尽誓願断 法門無量誓願学 仏道無上誓願成」

「衆生は無辺なれども、誓って度せんことを願いたてまつる。
煩悩は無尽なれども、誓って断ぜんことを願いたてまつる。
法門は無量なれども、誓って学ばんことを願いたてまつる。
仏道は無上なれども、誓って成ぜんことを願いたてまつる。」


日時:2011年08月30日 10:20
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開経偈とは


開経偈(かいきょうげ)とは経典を読誦する前に唱える文句のことで、経を読むにあたっての心構えを述べるものです。これは宗派を問わず広く使われています。
漢文でそのまま読む場合と、日本語読みにする場合とがあり、それぞれ以下のようになります。

「無上甚深微妙法 百千万劫難遭遇 我今見聞得受持 願解如来真実義」

「無上甚深微妙の法は百千万にも遭い遭うこと難し、我今、見聞し受持することを得たり、願わくは如来の真実義を解し奉らん」


日時:2011年08月29日 10:38
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三帰依文について


三帰依文(さんきえもん)とは、仏教の三宝を信じそれに従っていきますという誓いのことばです。
三宝とは仏(覚者)・法(仏の教え)・僧(仏の教えを実践する者)のことです。
三帰依文はバーリ語では次のように唱えます。
「ブッダン サラナム ガッチャーミ (仏に帰依します)
ダンマン サラナム ガッチャーミ (法に帰依します)
サンガン サラナム ガッチャーミ (僧に帰依します)」
これは漢訳で「南無帰依仏、南無帰依法、南無帰依僧」となりますが、日本ではこの意味を含み次のような文句を唱えることが多いです。
「人身受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し、いますでに聞く。この身今生において度せずんば、さらにいずれの生においてかこの身を度せん。大衆もろともに、至心に帰依したてまつる。自ら仏に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大道を体解して、無上意を発さん。自ら法に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、深く経蔵に入りて、智慧海のごとくならん。自ら僧に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大衆を統理して、一切無碍ならん」


日時:2011年08月28日 10:03
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阿含経とは


阿含経(あごんきょう)とは紀元前3〜4世紀に成立したとされる経典です。「阿含」とはサンスクリット語のアーガマという言葉を音写したもので、「伝承された教え」という意味であり、仏陀の教えを伝えた聖典ということになるのですが、阿含経というひとつの経典があるのではなく、原始経典の総称になります。
内容はおもに仏陀とその弟子たちの言行録であり、「梵網経」、「沙門果経」、「大般涅槃経」、「六方礼経」など様々な経が含まれています。


日時:2011年08月27日 10:32
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勝鬘経とは


勝鬘経(しょうまんきょう)とは、紀元3〜4世紀に成立した大乗経典で、正式には「勝鬘師子吼一乗大方便方広経」という名称です。
特徴として、勝鬘という女性の在家の婦人が主人公であるということがあげられ、女性に対する成仏を約束した経典として特異な位置を占めています。


日時:2011年08月26日 10:16
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維摩経とは


維摩経(ゆいまきょう)とは正式には「維摩詰所説経 ( ゆいまきつしょせつきょう )」という大乗経典です。
その成立は年代が古く、紀元前一世紀後半には原典が存在していたといわれています。
内容は維摩居士(ゆいまこじ)という在家の長者を主人公にしたお話で、在家の仏教徒にとってとても大切な経典となっています。


日時:2011年08月25日 10:30
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涅槃経とは


涅槃経(ねはんぎょう)は正式には大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)という名称の経典です。
「大般」とは大きく完全なという意味を持ち、「涅槃」とは煩悩の炎が吹き消された状態を意味します。
大般涅槃とは釈尊の入滅をさし、それを題材としたのが涅槃経になります。
涅槃経には「小乗の涅槃経」と「大乗の涅槃経」があります。
小乗のものは全三巻からなり、釈尊入滅前後のできごとが史実を含み多く記されています。
大乗のものは四十巻にもなり、大乗仏教の思想が随所に記されています。


日時:2011年08月24日 10:20
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華厳経とは


華厳経とは法華経とともに大乗仏教を代表する経典で、正式には「大方広仏華厳経」といいます。
この経典は釈尊が菩提樹の下でさとりをひらいてから、さらに十四日の間、その座を立たないで、深い瞑想状態のまま、自分のさとりの内容を説き明かしたものとされています。


日時:2011年08月23日 11:44
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金剛頂経とは


金剛頂経(こんごうちょうきょう)とは大日経と合わせて、真言密教では「両部の大経」といわれる経典です。
正式には「金剛頂一切如来真実摂大乗現証三昧大教王経」といい、「諸経中最高であり、一切如来の真実をおさめた大乗の現証と名づけられる偉大なる実践規範の王の経」という意味です。
この経典の成立は七世紀後半、東南インドのアマラーヴァティーあたりといわれており、内容は菩提心(さとりの心)をどう実現するかについて具体的に説いています。
また真言密教の極致である即身成仏の実践を説いた、「五相成身観」という修行法がこの経典では重要視されており、それが完成して得られる境地をあらわしたのが「金剛界曼荼羅」になります。


日時:2011年08月22日 11:13
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大日経とは


大日経とは、正式には「大毘盧遮那成仏神変加持経」という名の密教の経典で、七世紀中ごろに西インドで成立したとされています。
大日経は真言密教の教主である大日如来が説いた経典となっています。
重要な部分は最初の「住心品」にあり、「三句」と呼ばれる有名な教えが説かれています。
その内容は、大日如来が「仏の智慧」について問われ「菩提心を原因とし、大悲を根本とし、方便を最終目標とする。さらに何が菩提心かといえば、ありのままに自分の心を知ることである」と説いています。


日時:2011年08月21日 10:36
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観無量寿経とは


観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)とは正式には仏説観無量寿経という名の経典で、「観経」と略します。
「王舎城の悲劇」を題材としており、後に観経曼荼羅として描かれ一般に普及しました。
この経典はサンスクリット語本やチベット訳本などが存在しておらず、中央アジアで四世紀末ごろに成立した経典とされています。


日時:2011年08月20日 10:13
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無量寿経とは


無量寿経(むりょうじゅきょう)は正式には「仏説無量寿経」という経典で、「大無量寿経」や「双巻経」(二冊からなるため)とも呼ばれます。サンスクリット語では「スカーヴァティーヴューハ」といい、「極楽荘厳」と訳されます。
これと「阿弥陀経」、「観無量寿経」をあわせて、日本の浄土宗では「浄土三部経」といわれています。
内容は阿弥陀仏が一切衆生を救うために誓われた「願文」の部分と、釈尊がその願が誓いのとおりに完成されているのを証明する「成就文」という部分からなります。


日時:2011年08月19日 10:54
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大悲心陀羅尼とは


大悲心陀羅尼は正式には千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼経という名が正式な名称の経典です。
「大悲心」とは大きな慈悲の心をあらわした「大慈大悲心」という言葉を略したもので、観音菩薩の広大な慈悲の心をあらわしたものです。
七世紀半ばに中国に来た伽梵達摩というインドの僧が訳したもので、サンスクリット語の音を漢字に当てはめたものです。


日時:2011年08月18日 10:34
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年賀欠礼について


年賀欠礼とは喪に服している期間に、年賀状を送れないため、年賀郵便に受付開始までに届くように送る挨拶状のことです。
決まりがあるわけではありませんが、一般的には、二親等までの親族が亡くなった場合、または故人と同居していた場合には年賀欠礼を送ることになります。
またこちらが年賀欠礼をださずに年賀状がきた場合は、新年を迎えてから寒中見舞いをかねて、喪中につき失礼したことを伝えればよいでしょう。


日時:2011年08月17日 10:36
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忌服とは


忌服(きふく)とは近親者が亡くなってから一定の間喪に服すことをいいます。
「忌」とは、近親者の死後、身内の者もそのけがれを身につけているのでそれを周りに及ぼさないよう一定期間行動を慎むというものです。
「服」とは、喪服を着ることで悲しみを表すということです。
現在では決まりはありませんが、忌服については制度がありました。
江戸時代の半ばに制定された武家のための忌服の令をもとに、明治七年に「服忌令」というものが出されており、それによると、父母が死亡した場合の忌み日は五十日・服日は十三ヶ月、夫の場合は忌み日は三十日・服日は十三ヶ月、妻と嫡子の場合は忌み日は二十日・服日は九十日とされています。


日時:2011年08月16日 10:10
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香典返しとは


香典返しとはいただいた香典に対し返礼として物を贈ることです。
いただいた香典の半額程度の品物を贈ることが多いようで、このことから俗に半返しなどともいわれますが、半額以下でもかまわないようです。
香典返しの品物としてはお茶やお菓子、海苔、タオル、石鹸など日用品が一般的であり、故人が亡くなったことの悲しみを思い出さないためにも、使ってなくなるものが適しています。
書き方は、必ず喪主のあいさつ状を添え、表書きの上段には「志」・「忌明志」・「満中陰志」・「粗供養」などと記し、黒白または黄白の水引きをかけ、下段には喪主の名前を記します。


日時:2011年08月15日 10:26
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形見分けとは


形見分けとは生前に故人が愛用していた日用品や衣類、装身具などを近親者や近しい人に記念として贈ることです。
もともとは、霊が宿るとして衣類だけを贈る風習でしたが近年は贈与税の対象となってしまう貴金属等以外は何でも贈るようになっています。
形見分けを贈る時期は特にきまりがあるわけではありませんが、四十九日や百か日の法要の際に贈ることが多いようです。


日時:2011年08月14日 10:14
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精進落としについて


精進落としとはもともとは四十九日の忌中に生ものは食さず、忌明けに通常にもどることをさしています。
しかし現在では火葬場から戻り、初七日忌の法要後に、参列者に酒食のふるまいをし、精進落としとするようになっています。


日時:2011年08月13日 11:59
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清めの塩の由来


清めの塩とは墓地や火葬場から戻った人が、家に入るときに塩をまき体を清める風習です。
しかしこれはそもそも仏教のならわしではなく、「死のけがれを払い清め、他人にも移るのを防ぐ」という神道の「清め」の考え方からきたものと考えられています。
浄土真宗などでは、教義としてけがれなどは存在しないとされているので、清めの塩は用いられません。


日時:2011年08月12日 11:18
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骨上げとは


骨上げ(こつあげ)とは火葬が終わり、参列者が遺骨を骨壷に移すことをいい、「骨揚げ」・「骨拾い」・「灰寄せ」などとも呼ばれます。
もともとは竹と桃・桑・唐木などの木で一対になった箸で人から人へ箸渡しで骨壷に納めるのがしきたりですが、現在ではほぼ竹の箸で二人一組となり、ひとつの骨をはさみ納めるのが普通です。
遺骨は歯、足、腕、腰、背、肋骨、頭骨の順番で拾われますが、舎利(のどぼとけ)だけは故人ともっとも血縁のあるもの二人が最後に拾うことになっています。
また、参列者全員が一片でも拾うのがしきたりです。


日時:2011年08月11日 11:01
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荼毘とは


荼毘(だび)とは火葬のことであり、パーリ語のジャーペーティという言葉の音写です。
仏教では釈迦が入滅したときに、その遺体が荼毘にふされたことより、火葬が仏教徒の葬法となりました。
日本では道昭(どうしょう)という僧侶が遺言により火葬されたのが始まりとされ、天皇では持統太上天皇が初めて火葬されたと記録されていますが、実際にはそれ以前にも火葬は行われていたようです。
その後七世紀後半から八世紀にかけ火葬が一般的となり、各地に三昧所といわれる火葬場が設けられました。


日時:2011年08月10日 10:46
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年忌明けについて


年忌明けとは、三十三回忌の法要が済み、故人が完全に成仏をしたとする考え方のことで、地方によっては「弔い上げ」・「問い切り」・「問い上げ」・「お祝い」などとも呼ばれます。
この三十三回忌をもって完全に成仏するとは、本来仏教の考えではありませんが、日本特有の霊魂観に影響されそのような考え方が生じたと思われます


日時:2011年08月09日 12:16
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棚経について


棚経(たなぎょう)とは、お盆の間に菩提寺の僧侶が檀家をそれぞれ回り、お経を読む慣習のことであり、その名前の由来は各家の精霊棚の前で読経することにあるとされています。
この慣習の起源は、江戸時代に幕府がキリシタンを取り締まるため、檀家が仏教徒であるかの確認を僧侶に命じたことにあるとされています。


日時:2011年08月08日 12:08
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精霊棚について


精霊棚(しょうりょうだな)とは、お盆の間に生前の家に帰ってくるという死者の霊をもてなすためにつくる供養棚のことです。精霊棚という呼称以外にも盆棚、先祖棚、霊棚、霊まつり棚などという呼び名もあります。
通常は仏壇の前に安置しますが、死者の霊は玄関ではなく縁側から入ってくるという俗説のためか、縁先におく場合もあります。
精霊棚には真菰を敷き、四方に竹を立て縄を張り結界をつくり、その中に位牌を中心に香炉・燭台・花立て・割り箸などで足をつけた胡瓜の馬や茄子の牛・果物・団子などを供えます。
しかし現在では、仏壇の前に小机をおき、白布を敷いて位牌を安置するなど簡略化をして行う家庭も多いようです。


日時:2011年08月05日 10:25
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新盆について


新盆とは故人の忌明けがすみ、はじめて迎えるお盆のことをいい、初盆ともいわれます。
本来は四十九日を過ぎてからということになりますが、地方によっては、亡くなってからの日数にかかわらずはじめてむかえるお盆を新盆とするところもあります。
新盆には精霊棚をつくり、親族や故人にゆかりのある人たちがあつまり、僧侶にお経をあげてもらい、精進料理でもてなします。
親族などから盆提灯を贈られるという慣例がありますが、現在ではそれに代えて現金をわたすということが一般的になっているようです。


日時:2011年08月04日 10:21
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年忌法要について


年忌法要(ねんきほうよう)とは定められた年次にとり行う、追善供養の法要であり、一般的には法事とよばれています。
翌年の命日に行うのが一周忌、二年目に行うのが三回忌、その後は七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌となり、この後に行う場合は五十回忌、百回忌となります。しかし、二十三回忌と二十七回忌をまとめて二十五回忌とする場合もあります。
この年回の並び方は地蔵経に説かれる七七日の説が基本となっているといわれています。
できれば故人の亡くなった同月同日に行うのがよいとされ、都合などでかなわない場合は同月同日より早めに行うのが通常とされています。


日時:2011年08月03日 10:37
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月忌法要について


月忌(がっき)とは月ごとにめぐってくる故人の命日のことです。例えば、ある月の十日に亡くなった人であれば毎月十日が月忌になります。
毎月月忌に僧侶に来てもらい行う法要を「月忌法要」といいます。しかし、一般には月参りという呼称のほうがなじみが深いようです。近年では法要を簡素化する傾向にあり、月忌法要はあまり行われていないようです。


日時:2011年08月02日 11:04
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祥月命日について


祥月命日(しょうつきめいにち)とは故人が亡くなった月日のことです。例として、七月一日に亡くなった人であれば毎年の七月一日が祥月命日になります。
命日の前夜のことを逮夜(たいや)といい「命日に至る夜」という意味です。
祥月命日にはとくに人を招いたりはしませんが、仏壇をきれいにし、いつもより立派な供え物や花を用意し、家族で墓参りをします。


日時:2011年08月01日 10:49
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百か日について


百か日とは、四十九日がすみ、故人の死後百日目におこなう供養のことで、「百か日忌」ともいいます。
このしきたりは中国で加えられたもので、インドでは死後四十九日まで供養をしていました。
もともとは儒教にあった習慣で「卒哭忌(そつこくき)」といわれていたのが、仏教にとりいれられ、仏教的には四十九日でもしも死者が地獄道・畜生道に堕ちた場合、百日目に再審判があるとしてさらなる追善供養が必要だと説かれました。


日時:2011年07月31日 10:27
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七七日について


七七日(しちしちにち・なななのか)とは中陰供養の最後の四十九日目のことをいい、満中陰(まんちゅういん)、四十九日ともいいます。
七七日は忌明け(いみあけ)の日でもあり、残された遺族が日常生活にもどる区切りでもあります。
忌明けには中陰壇をかたづけ、白木の位牌を菩提寺に返しお焚きあげをしてもらい、それまでにつくっておいた漆塗りの位牌を仏壇の中に安置します。そして七七日忌供養のときに、新位牌の魂入れをします。


日時:2011年07月30日 10:14
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中陰について


中陰とは次の生を受けるまでの四十九日間の期間のことをいいます。これはインドでは人は生まれ変わり死に変わりをするという輪廻転生が信じられてきたためです。
経典によれば、この世に生をうけたときを生有(しょうう)、この世に生きている間を本有(ほんぬ)、死の瞬間を死有(しう)といいます。
中陰の四十九日間、死者は意識だけの意生身と呼ばれる存在となり、七日ごとに裁きを受け、行き先を決められます。故に遺族は七日ごとに追善供養をし、死者が少しでもよいところに生まれ変われるようにします。これを中陰供養といいます。
七日ごとに菩提寺の僧侶に来てもらい、読経をしてもらうのですが、現在では初七日、五七日、七七日だけに来てもらうところが多いようです。


日時:2011年07月29日 10:26
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お布施について


お布施とは一般的には僧侶に対するお礼とされていますが、本来はサンスクリット語の「ダーナ」という言葉を訳したもので「あまねくほどこす」という意味を持ちます。
布施には様々な種類がありますが、「法施」・「財施」・「無畏施」の三種類に分けるのが広く知られています。
法施とは僧侶が仏教の真理を伝え、無形の精神的なほどこしをすることです。
財施とは仏教の教えをいただいたことへの感謝としてお金や財物をほどこすことです。
無畏施とは不安や畏れを抱く人に対し安心のほどこしをすることです。
法事において、僧侶にお礼の謝礼を渡すことは財施にあたり、本来は自分のできる範囲で、最大限の謝礼をあらわすことなので、金額に決まりなどはありません。


日時:2011年07月28日 10:09
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施主について


施主(せしゅ)とは法事または葬式などの供養をする人のことをいい、サンスクリット語では「ダーナパティ」といいます。
法事においては、僧侶との打ち合わせや案内状の発送などが施主の役割となります。
また、塔婆をあげる場合には、施主が取りまとめ、お寺に事前に申し込んでおく必要があります。


日時:2011年07月16日 15:41
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回向について


回向(えこう)とは自らが行った善行をめぐらし、ひるがえし、多くの人々の幸福のためにさしむけることをいい、サンスクリット語では「パリナーマ」といいます。
法要を営み回向をするのは、施主が仏菩薩を供養し、その功徳を自らが受けるのではなく、故人にふりむけるという行為になります。


日時:2011年07月15日 15:35
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合斎について


合斎とは、たとえば二人の故人の年忌法要が重なったり、二年続けて二人の故人の年忌法要がある場合などのときに、二つあるいはそれ以上の法要をあわせて一度に行うことをいい、併修などともいわれます。
合斎を行う際には早いほうの命日にあわせるのが通常となっています。しかし一周忌に限っては合斎は行いません。また、三回忌に関しても、合斎を避ける人も多いようです。


日時:2011年07月14日 10:37
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追善供養について


追善供養とは亡き人のために僧を招き、法事を行い、食物をささげることをいいます。
「追善」という言葉は「追福修繕」の略であり、亡き人の冥界での苦を除き福を増すために生きているものが追って善いことを修することをあらわします。また「供養」とは「供給資養」の略であり、仏法僧の三宝や亡き人に供え物をささげるということです。
追善供養の始まりは、インドのコーサラ国王が亡き父のためにお斎(法要の後の会食)を設け、釈尊や弟子を招き供養したことにあります。
インドにおいては死亡後四十九日まで七日ごとに行う中陰供養だけでしたが、中国に伝わるとそれに百か日、一周忌、三回忌が加わり「十仏事」となり、日本では七回忌、三十三回忌が加えられ「十三仏事」となりました。
日本ではさらに時代が経ると十七回忌、二十三回忌、二十七回忌が加えられました。


日時:2011年07月13日 10:16
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引き出物について


引き出物とは法要に参列してくださった方に施主が贈るお土産のことをいいます。
その由来は饗宴の客に、馬を庭に引き出し贈ったことにあるといわれています。
表書きは、黒白、黄銀、または銀一色ののし紙に粗供養とし、水引の下に施主の家名を、右肩に故人の戒名と何回忌かを書き入れます。正式には薄墨を使って書くとされています。
また金額は二千円から三千円ほどのものが一般的とされています。


日時:2011年07月12日 10:21
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民営墓地について


民営墓地とは社団法人や財団法人が運営する墓地です。
これらの墓地では宗派や宗旨などの制約は無く、設備や管理が整っているのが特徴としてあげられますが、費用は他の形式の墓地に比べ多くかかってしまう傾向にあるようです。
そのような事情を反映して、近年では長期の分割で費用を支払うことになる建墓ローンなどといわれるものも登場してきているようです。


日時:2011年07月11日 10:11
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公営墓地について


公営墓地とは各都道府県や市、町など地方自治体が運営する墓地のことです。
公営墓地の使用権は抽選で決めることが多いようです。
また、その自治体に一年以上住んでいる、遺骨と火葬証明書が必要であるなど、応募資格が制限されていることが多いようです。
しかし宗派・宗旨を問わない、使用量が比較的安いという利点もあります。


日時:2011年07月10日 10:15
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境内墓地について


境内墓地(けいだいぼち)とは基本的にはそのお寺の檀信徒のみが使用を許可される墓地のことで、寺院墓地などとも呼ばれます。
しかしながら、現在、都会などにおいては空いた土地があまりないということもあり、郊外に大規模な墓地を増設する
寺院も増えているようです。
そのような飛び地になった墓地では檀信徒以外の人にも使用権を認める寺院も増えているようです。


日時:2011年07月09日 10:08
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墓地について


お墓は勝手に建てることはできず、「墓地・埋葬等に関する法律」により規定されています。
この法律に基づき、お墓を建てる場所と認められている場所のことを墓地といいます。
墓地は管理責任者の違いにより、境内墓地、公営墓地、民営墓地の三つのタイプに大きくわけられます。
いずれのタイプであっても墓地を契約することは「永代使用権」を得るということであり、その土地を購入するのとは違うという点に注意しなければなりません。


日時:2011年07月08日 17:22
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骨壷について


骨壷とは遺骨を収納する壺のことをいいます。通常、骨壷には亡くなった人の戒名、俗名、死亡した年月日、死亡時の年齢などが書き込まれます。
骨壷は古くは飛鳥時代から使われてきたといわれています。材質としては木製、土師器(はじき)、須恵器(すえき)、銅、金銅など様々です。また壺形、椀形、櫃形など、形状も様々です。
日本では土師器、または須恵器系統のものが広く利用され、現在に至っているようです。


日時:2011年07月07日 17:05
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合祀について


合祀(ごうし)とはひとつのお墓に複数の故人をまつることをいい、正確にいうと一基合祀(いっきごうし)といいます。
合祀墓には墓石の正面に「〜家之墓」、「〜家先祖代々之墓」などと文字が彫られるのが多いようです。
また故人の戒名、俗名、死亡した年月日などは墓石の側面や裏面に彫ったり、墓誌に刻まれます。

合祀墓のひとつの種類に比翼塚(ひよくづか)と呼ばれるものがありますが、これは夫婦でひとつのお墓に納まるもので夫婦墓ともいわれます。


日時:2011年07月06日 10:14
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分骨について


分骨とは遺骨を分け二ヶ所以上のところに納骨することをいいます。
遺骨を埋葬する際は一枚の埋葬許可証が発行され、葬る場所を明示しなければなりませんが、分骨をする場合はもう一枚の埋葬許可証が必要になってきます。
分骨のそもそもの由来は釈尊の遺骨が様々なところに分けられたことにあります。


日時:2011年07月05日 10:27
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永代供養について


永代供養(えいたいくよう)とは後継ぎの不在や海外への移住などの要因で先祖の供養ができなくなる場合に、菩提寺にお布施をし、法要を定期的に営んでもらうことをいいます。永代供養という言葉の他にも永代経などともいわれます。
これを引き受けた菩提寺はお寺のほうで故人の命日やお彼岸、お盆のときにお経をあげたり、新しく卒塔婆を作ってくれます。


日時:2011年07月04日 10:18
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無縁墓について


無縁墓とは供養する人が誰もいなくなってしまったお墓のことをいいます。無縁墓という呼び名の他にも無縁塚、義塚(ぎちょう)とも呼ばれます。
無縁墓とみなされる条件としては、それぞれの墓地管理規則で決められているようです。
また、無縁墓を供養する行事がお盆や地蔵盆に行われており、万霊供養と呼ばれています。なかでも京都の化野念仏寺で行われる、「万灯供養」はとても有名です。


日時:2011年07月03日 10:20
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逆修墓について


逆修墓(ぎゃくしゅうぼ)とは生前にたてるお墓のことをいいます。逆修墓という呼び名の他にも寿塚(じゅちょう)、寿陵(じゅりょう)、寿墓(じゅぼ)、寿蔵(じゅぞう)という呼称も使われます。
一般には生前にお墓をたてることは縁起が悪いことと捉えられがちですが、仏教の世界ではよろこばしいことと考えられています。
現在では墓地の不足や墓石の値段の高騰などの影響で、生前に墓地を確保しておこうという人が増える傾向にあるようです。


日時:2011年07月02日 10:06
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金仏壇について


金仏壇とは木地に漆を塗り、金箔を張り詰めた仏壇のことをいいます。「漆塗金仏壇」との呼び名もあります。
金仏壇に使われる主な材質は檜(ひのき)や杉、欅(けやき)などがあげられます。
また、金仏壇を使用する地域は関西を中心に、近畿・東海・北陸地方に多いようです。この傾向は宗派の分布でみると浄土真宗の家が多い地域と一致します。


日時:2011年07月01日 10:15
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唐木仏壇について


唐木仏壇(からきぶつだん)とは木材の材質をそのままに生かし作られた仏壇のことです。「木地仏壇」という呼び名もあるようです。
唐木仏壇には黒檀、紫檀、カリン、クルミ、桜、タガヤサンなどの唐木が使われ、奥の壁に少し金箔を用います。
関東以北ではこの様式の仏壇が使われることがほとんどのようです。


日時:2011年06月30日 10:28
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魂入れ・魂抜きについて


魂入れとは仏像、仏壇、位牌、仏画、曼荼羅、卒塔婆、墓石などをつくったり、修理した際に僧侶に読経をして供養をしてもらうことです。これを経て仏像などは霊験あるものになるとされています。
魂入れの正式な名称や作法は宗派により様々です。
浄土宗本願寺派では「入仏式」、真宗大谷派では「御移し」、その他の宗派では「開眼供養」、「入魂式」、「仏壇開き」などともいいます。
また、不要になった仏壇や仏像をには「魂抜き」(閉眼供養・お性根抜きなどとも呼ばれる)が行われます。
そして魂抜きを終えた後に、菩提寺で火で燃やしてもらう「おたき上げ」が行われます。



名号について


名号(みょうごう)とは、サンスクリット語の「ナーマデーヤ」という言葉を訳したもので、仏や菩薩の名のことを言います。名号という名の他にも「宝号(ほうごう)」、「尊号(そんごう)」、「徳号(とくごう)」、「嘉号(かごう)」などの名前があります。
この名号を唱えたり、聞いたりすることによって、仏や菩薩の功徳が得られるとされています。


日時:2011年06月28日 10:38
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札位牌・回出位牌について


位牌には次のような種類があります。

札位牌 - 札位牌とは故人一人一人に独立してつくられた位牌のことをいいます。黒塗りに金箔を貼ったものや黒檀・紫檀などでつくられたものがあります。かたちには様々なものがありますが、宗派によるきまりはありません。

回出位牌(繰り出し位牌) - 屋根や扉のついた位牌の枠のなかに故人一人一人の戒名を記した長方形の板位牌を何枚か一緒に納めた位牌を回出位牌(繰り出し位牌)といいます。



位牌について


位牌とは故人の戒名や法名を記し、故人をまつるために家庭の仏壇や寺院の位牌壇に安置する木製の牌のことです。
位牌の起源は仏教ではなく儒教にあります。昔の中国のしきたりにおいては、遺体はしばらく棺のまま屋敷に置いておき、その後埋葬する際に死者の霊を慰める儀式をしました。このときに木主・虞主(ぐしゅ)といわれる依り代に神霊をよりつかせました。この依り代が位牌の原形といわれています。
日本においては室町時代に禅宗に取り入れられ、十六世紀に入り一般にひろく広まったとされています。
通常はお葬式では白木の位牌を用い、忌明けの四十九日に漆塗りの位牌に書き換えられます。


日時:2011年06月26日 10:35
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過去帳について


過去帳とは故人の俗名・戒名(法名)・死亡年月日・年齢・家族関係などを記録した帳簿のことです。
霊簿(れいぼ)、点鬼簿(てんきぼ)という名でも呼ばれます。
寺院では檀家全体の死亡者名簿を整備・保管しており、各家庭でも先祖の戒名などが記されたものを用意し、仏壇に安置している家庭が多いようです。
また各家庭のものは多くが折本の形で作られているため、「過去帖」とも呼ばれます。


日時:2011年06月25日 10:19
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茶湯器について


茶湯器(ちゃとうき)とはお茶やお水、お湯などを供えるのに用いる用具です。
通常はその日の一番に入れた茶湯、または朝の水を捧げます。
仏前に供えるお水は正式には「閼伽(あか)」といい、この言葉はサンスクリット語の「アルガ」という言葉を音写したもので「功徳水」ともいわれます。
仏前に供えた浄水は捨てずに、庭の植物などに注いであげるなど無駄にしないのがよいとされています。
また浄土真宗では、仏壇に水やお茶を供えることはしないようです。


日時:2011年06月23日 10:10
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仏飯器について


仏飯器(ぶつばんき)とは炊き立てのご飯を仏壇に供えるのに用いる器です。仏飯のことをお仏供(おぶく)、仏餉(ぶつしょう)ともいいます。
仏飯器にはご飯を山形になるように盛ります。
また、「お下がり」は捨てずに無駄にせず家族で頂きます。


日時:2011年06月22日 10:35
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霊供膳について


霊供膳(りょうくぜん)とは、お彼岸や盆、年忌法要などの日に、仏壇に供えるお膳のことです。
お膳は手前に箸、左にご飯、右に汁物、後ろ側の左に煮物の壺、右に煮物の平椀、真ん中にお漬物の腰高杯、という配置のしかたが多いようです。
料理は、肉や魚を使わない精進料理が供えられます。だしも鰹節や煮干ではなく、しいたけ・昆布などが使われます。また五辛(大蒜・韮・葱・辣韮・薑)も匂いが強いので使われません。



日時:2011年06月21日 10:22
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仏扇について


仏扇(ぶつせん)とは仏壇の蝋燭を消すときに用いられる扇のことです。
灯明(神仏に供える灯火)を消すときに直接いきを吹きかけて消すことは避けられており、仏扇を用いて消されます。
古来インドにおいて、大事な宗教儀式の際には口に紙などを当てて、直接相手に息が吹きかからないようにしていた慣わしが伝わりこのような習慣ができたといわれています。


日時:2011年06月18日 10:38
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鈴(りん)について


鈴(りん)とは焼香の後に供え物をささげるときなどに鳴らす鉢型の仏具です。
本来はおつとめの始めと読経の区切りに打ち鳴らすものです。
鈴台という台の上に鈴ふとんを敷きその上に置かれ、鈴棒で打ち鳴らします。


日時:2011年06月17日 10:17
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木魚について


木魚は読経にあわせリズムをもちたたかれる仏具です。
もともとはその名の通り、魚の形をしていましたが、中国の明代に頭と尾がくっつく円形となり、その後一身二頭の円形竜頭の形になっていきました。
日本には十七世紀に黄檗宗が伝わるとともに入ってき、浄土宗・天台宗・禅宗で使われるようになりました。
現在では読経の時に使われる円形のものを木魚といい、食事の合図などに用いられる本来の魚の形をしているものは魚板(ぎょばん)・梆(ほう)と呼ばれています。


日時:2011年06月16日 10:07
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頭陀袋について


頭陀袋(ずだぶくろ)とは僧侶が首にかけて胸にぶらさげている、布でできた袋のことです。
頭陀という言葉はサンスクリット語の「ドゥータ(捨て去る)」という言葉を音写したものです。
頭陀袋という呼び名の他にも三衣袋(さんえぶくろ)、衣嚢(えのう)、打包(だほう)などの呼び名もあります。
仏教の修行において、衣食住に対する欲望を捨て去る実践を頭陀行といい、そのためにぼろ布をまとい、乞食し、森林で暮らすという修行をします。その際に衣や鉢を入れて使う頭陀袋は必需品とされていました。


日時:2011年06月15日 10:35
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衣(ころも)について


衣(ころも)とは僧侶が袈裟の下に着る衣服のことです。
もともと、僧侶が着ることを許された衣服は袈裟のみでしたが、寒冷な地方に仏教が伝わると、袈裟の下に衣をつけるようになりました。
衣には「褊衫(へんざん - 上半身を覆うもの)」、「直綴(じきとつ - ワンピース型で下にひだがあるもの)」などの種類があり、日本では黒衣(こくえ)・緇衣(しえ)と呼ばれる墨染めの略衣が日常的に着用されています。
また法要の際には、各宗派に規定に応じ、様々な色の「色衣(しきえ)」が用いられています。



袈裟について


袈裟とは僧侶が身につける衣服のことで、サンスクリット語の「カシャーヤ(汚れたという意味)」という言葉を音訳した言葉です。
インドでは、古来俗人は白衣を身につけ、修行者は黄褐色のくすんだ色の布を身につけていました。
袈裟は本来、使い古しの不用な布を縫い合わせて作ったものでしたので、条(小さな布を縦に繋いだもの)が入っているものが正式なものとされました。
しかし、中国や日本のように寒い地方に伝わり、下に衣が重ねられるようになると日常的な用途を離れ神聖視され、装飾的なものになっていきました。


日時:2011年06月13日 10:40
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水行について


水行(みずぎょう)とは、冷水をあびたり滝に打たれたりすることで心身を清める修法のことです。
神道の禊(みそぎ)・水垢離(みずごり)といった修法が、修験道の行者を通じ、仏教に取り入れられたといわれています。
インドにおいても水により心身を清めるという考えが強くあり、寺院近くにはたいてい沐浴用の池がつくられているようです。
日本においては寒垢離(かんごり)という寒い季節に行うならわしがあるように、苦行としての要素が強いようにみられます。


日時:2011年06月07日 10:22
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護摩(ごま)について


護摩(ごま)とは、壇上の炉に木を積み上げ、それを燃やして行う密教の修法です。
サンスクリット語の「ホーマー」という言葉を音写したもので、その意味は「焚焼(ふんしょう)」です。
もとはバラモンが行っていた、火神アグニを供養し悪霊・不浄なものを焼き滅ぼす儀礼を、密教が取り入れたとされています。
真言宗においては、本尊(不動明王や愛染明王)の前に護摩壇を置き修行者が護摩木を焚き、そのなかに穀物などを入れ供養します。
また、このように実際に護摩壇に向かい行うものを「外護摩・事護摩」といい、護摩壇に向かわず心の中で煩悩を焼き尽くすものを「内護摩・理護摩」といいます。



題目について


題目とは本来、仏教においては仏教の経典をさす言葉であり、一般的にも書物の名前をさす言葉です。
しかし、日蓮が登場すると題目に南無(サンスクリット語のナマス・ナモーの音写 - 私は帰依しますという意味)という言葉を冠し、経典そのものを本尊とし、礼拝の対象にしてしまいました。
日蓮は「南無妙法蓮華経」と題目を称えることによって、法華経の真理と一体になることができると説き、これが多くの民衆の支持を得ました。


日時:2011年06月05日 10:24
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念仏について


念仏はサンスクリット語で「ブッダ・アヌスムリティ」といい、本来の意味は「仏を心に思い浮かべる」という意味でした。
しかし、中国に「浄土思想」が入ってき、善導により「口称念仏(くしょうねんぶつ)」が提唱され、観念としての念仏に変わり、易行道(いぎょうどう - 南無阿弥陀仏と称えれば極楽に往生できるということ)が盛んになりました。
これが日本にも伝わり、今日でも念仏といば南無阿弥陀仏と称えるものとされています。


日時:2011年06月04日 10:10
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公案(こうあん)について


公案とは「公府案牘(こうふあんとく)」という言葉を略したものです。
公府案牘のもともとの意味は「公に認められた法令」という意味ですが、それが転じ「正しいさとりのあり方を示す語録」という意味で使われるようになりました。
それは、すぐれた禅者の言葉や行動を記録したもので、それを手がかりに修行者が師家から問題として指導を受けるものです。
現在日本で使われている公案の体系は、江戸時代の白隠が大成したとされています。



坐禅(ざぜん)について


禅とはサンスクリット語の「ディヤーナ」という言葉を音写した「禅那(ぜんな)」という言葉が省略されたもので、「静慮(じょうりょ)」つまり「心を静める修行」との意味を持ちます。
坐禅の起源は、インダス文明のころまでさかのぼるといわれています。
坐禅の座り方は二種類あります。「半跏趺坐(はんかふざ)」とは、左右どちらかの足をもう片方のももにのせる座り方です。「結跏趺坐(けつかふざ)」とは右足を左足のももに、左足を右足のももにのせる座り方です。



行脚(あんぎゃ)について


行脚(あんぎゃ)とは修行僧が一箇所にとどまらず、各地を渡り歩き、自分の境涯を深めるとともに出会う人々を教え導いていくことです。
これはインドにおいては、古くから人々が理想としてきた人生の最後の段階にあたるといいます。
行脚という言葉以外にも「飛錫(ひしゃく)」、「遊方(ゆほう)」、「遊山(ゆさん)」という言葉も同様の意味にあたります。
仏教では修行を楽しむ境地でなければ本物とは言えず、つまり修行がそのまま遊びとなるそうです。



作務(さむ)について


作務(さむ)とは禅宗において、僧侶が行う畑仕事や掃除などの労働のことをいいます。
僧は労働をしてはいけないという小乗仏教と異なり、禅宗ではそうした労働も重要視され、師家(修行を指導する僧)も修行僧も平等にこれを行うべき大事な修行とされています。
日本の禅道場においては、労働の内容に応じそれぞれの名前がつけられています。
「日天作務」とは朝食後に行う掃除のこと、「秋作務」とは枯葉をはき集めること、「山作務」とは草を刈ったり薪を集めることです。
また修行僧が全員で作務をすることを「普請」といい、今日も使われる土木工事や建物の建設で使われる普請という言葉はここから由来しています。
近年ではファッションにもとりいれられている「作務衣(さむえ)」は作務のときに僧が着る作業衣のことです。



雲水(うんすい)について


雲水とは、すぐれた師をもとめ、さとりをもとめて各地を行脚する修行僧のことをいい、「行雲流水(こううんりゅうすい)」という言葉を略したものです。ことに、一か所に定住しない禅宗の修行僧をさして使うことが多いようです。
つねに行脚していることから「行脚僧」とも、その姿を雲にたとえて「雲納(うんのう)」ともいいます。
現在でも禅の道場で修行を志す者は、伝統的な行脚姿に身をつつみ、入門を請うそうです。



托鉢(たくはつ)について


托鉢とは、僧侶が鉢を持って家々をまわり、食物を乞うことです。何故そのようなことをするかというと、出家とは本来あらゆる生産活動から遠ざかるものであるからです。托鉢のことは食物を乞うことから、乞食(こつじき)ともいわれます。
出家して宗教的生活を送る人に食物を施すことは、古来インドの習慣であり、それにより功徳があると信じられていました。仏教においても托鉢はは出家者の正しい生活手段とされてきました。



戒律(かいりつ)について


戒律とは、正しい仏道の修行や正しい教団の運営のために、仏教徒が守るべき規範をを定めたものです。
しかし、戒律という言葉の「戒」とは規律を守ろうとする自発的なこころを意味し、「律」とは規律や罰則など他律的な規範を意味します。故に在家信者にとっては「律」はなく「戒」のみがあるといえます。
しかしながら、日本においては、在家信者のためにあった、五戒や十戒のみが説かれており、律は存在しないそうです。



得度(とくど)について


得度(とくど)とは、俗世間を捨て僧侶になる出家の儀式のことをさします。
「度」とは「彼岸にわたる」という意味で、サンスクリット語の「パーラーミター」を意訳した言葉です。つまり、この世界(此岸)から仏のさとりの世界(彼岸)にわたることを意味しています。
江戸時代以前では、得度して僧侶になることに、国の許しが必要とされていました。
江戸時代になると、各宗派の本山自体が幕府の監督下にあったため、その役割は本山の権限と監督にまかされることになりました。
現在でも各宗派の定める得度の式をすませないと、その宗派の僧侶として登録されないようです。



出家と在家について


出家とは、家庭生活を捨て、日々の生活の糧を信者のお布施に頼り、仏道の修行に専心すること、またはその人のことです。俗世間の塵から離れることでもありますので、「出塵(しゅつじん)」ともいいます。
これに対して、家庭生活をし、生業を営みながら仏教に帰依している人を「在家」といいます。
伝統的には、出家によって仏教教団が形成されてきたため、出家をしなければさとりを開けないという考え方が強くありましたが、大乗仏教がでてくると、在家であっても仏の慈悲を信じ心を清らかにすることにより、仏の国に生まれることができるとする考え方がでてきました。
それにより大乗仏教では出家と在家の区別が重要な意味をもたなくなってきました。



日時:2011年05月26日 10:09
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書院(しょいん)について


書院とはお寺の住職が読書や書き物をしたり、来客に会うの使われる部屋のことをさします。
書院という言葉は中国の唐代に生まれました。
日本には鎌倉時代に伝えられ、禅宗の僧が中国の書院の建築様式を寺院の中にとりいれました。
この様式が発展し、後に日本においては書院造りとして完成していきました。



内陣・外陣について


寺院の本堂のうち、仏像を安置する場所を「内陣」といい、その手前の礼拝のためにある場所を「外陣」といいます。
一般の参拝者は内陣に入ることは許されておりません。
奈良時代までに建てられた寺院では仏像を安置する内陣しか存在しなかったのですが、時代を経て、本堂の役割が仏像の安置所から修行者や参拝者のための礼拝所に変わるにつれて、修法や信徒の収容のために外陣がつくられその広さがひろがっていきました。


日時:2011年05月24日 11:44
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須弥檀(しゅみだん)について


須弥檀(しゅみだん)とは寺院の本堂の中央奥に仏像を安置するためにつくられた檀のことであり。世界の真ん中にそびえたつ須弥山(しゅみせん)を模したものです。
須弥とはサンスクリット語の「スメール」を音訳したものです。
古くは須弥檀は厨子の台座をさし、仏像の台座として用いるときは須弥座といい区別されていましたが、しだいにどちらも須弥檀と呼ばれるようになりました。
日本においても古くから作られており、四角・八角の形のものが多いのですが、まれに円形のものもあるようです。



梵鐘(ぼんしょう)について


梵鐘(ぼんしょう)とはお寺にある大きな鐘のことで、おもに修行僧を集合させたり、朝夕の時刻を知らせるためにつき鳴らされます。
梵という言葉はサンスクリット語の「ブラフマン」の音訳であり、「神聖」という意味をあらわすので、梵鐘とは「神聖な鐘」ということになります。
梵鐘という呼び名以外にも、釣鐘、大鐘、洪鐘、鯨鐘といった様々な呼び名があります。
日本最古の梵鐘は文武二年(698年)に鋳造された、京都妙心寺の「浄金剛院鐘」とされています。



塔(卒塔婆)について


塔とはサンスクリット語の「ストゥーパ」という言葉を音訳した「卒塔婆」という言葉を省略した言葉です。
ストゥーパはお釈迦様の遺骨をまつるために建てられたたてもので、もとは塚のような形状の建物でした。
後に中国にこれが伝わると、中国古来の楼閣の影響を受け、重層化された建物が建てられるようになりました。
これが日本では五重塔や七重塔になっていきました。
日本においては敏達十四年(585年)に、中国から運ばれてきたお釈迦様の遺骨をまつるために建てられた塔が最初のものとされています。



七堂伽藍以外の建物


七堂伽藍以外にも仏教寺院には次のような建物があります。

塔  仏舎利(ぶっしゃり)をまつる重層の建物のことです。

経蔵(経蔵)  経典類を納めるお堂のことです。

開山堂  寺院をひらいた僧侶をまつるお堂です。
      宗派により祖師堂、御影堂、大師堂など色々な呼び名があります。

位牌堂  歴代の住職や檀家の先祖の位牌をまつるお堂です。祠堂(しどう)という呼び名もあります。

鐘楼(しょうろう)  梵鐘(ぼんしょう)をつるす小さいお堂です。


日時:2011年05月20日 10:24
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浴司(よくす)という言葉について


浴司(よくす)とは禅宗寺院におけるお風呂場のことをさし、通常は山門に向かい右側の位置に建てられる建物です。
禅宗では、この浴司と東司(禅宗寺院におけるトイレ)、僧堂(修行と食事の場)では話をしてはならないとされているようです。
また、信者に浴司を開放する施浴(せよく)という行事が日本の公衆浴場につながったともいわれています。



東司(とうす)という言葉について


東司(とうす)とは禅宗寺院におけるトイレのことをさし、普通は僧堂の背後に建てられることが多いようです。
元々は東序(禅宗寺院の事務所)に属する僧侶が使用するトイレのことを東司、東浄(とうちん)と呼び、西序(修行の指導所)に属する僧侶が使用するトイレを西司、西浄(せいちん)と呼びそれぞれ使い分けていたのが、しだいに禅宗寺院のトイレを東司と総称するようになっていきました。



山門という言葉について


山門とは寺院の入り口にある門のことをいい、ときには門のみならず寺院全体を指すこともあります。
寺院はもともと山深いところに建てられるものであったので、その門を山門と呼んでいましたが、後に平地など山以外の場所に建てられるようになってからも、寺院には必ず山号(寺院に付ける称号)がつけられたので、この呼び名が残りました。



庫裏という言葉について


庫裏(庫裡)とは仏教寺院において、食事を調理する台所にあたる建物のことであり言葉自体の意味は「うち」や「なか」を意味します。
斎堂という言葉も同じ建物をさします。
規模の大きくない一般の寺院では、現在においては住職やその家族が住むところをさして使われています。



僧堂という言葉について


僧堂とは修行僧が寝起きし、坐禅やお経を読んだりする建物のことです。
聖僧堂という名や、坐禅堂(主に坐禅をするので)、雲堂(禅宗の修行僧・雲水の修行場であるので)、選仏堂(さとりをひらく人を選ぶという意味で)という名もあります。



法堂という言葉について


法堂とは仏教寺院において説法や法要を行う建物のことです。
この名称は主に禅宗寺院で用いられることが多く、その他の宗派では講堂と呼ばれることが多いです。
禅宗では法堂を本堂以上に重要視されたため、本堂と同等もしくはそれ以上の規模で作られました。



本堂という言葉について


本堂とはお寺の中央に位置し、本尊をまつる建物のことです。
古くはその中を金色に塗装することから金堂とも呼ばれています。
本堂にあたるものを浄土宗では「御影堂」、浄土真宗では「阿弥陀堂」、禅宗では「仏殿」と呼んでいます。
また奈良仏教系の寺院と天台宗・真言宗の寺院ではさきほどにあげた名称の「金堂」と呼ばれています。



伽藍という言葉について


伽藍とはもともと、修行者が集まり生活をする場所を意味していましたが、しだいに寺院の建物を指すようになりました。
もとはサンスクリット語のサンガラーマという言葉を音訳した僧伽藍摩(そうがらんま)という言葉が略されたものです。
のちに、完全な寺院は七つの建物をそなえていなければならないということで七堂伽藍という言葉が使われるようになりました。
しかし宗派や時代により七堂が何の建物をさすものであるかは、まちまちです。



境内という言葉について


おなじみでもある境内という言葉。
この言葉の由来は境界の内側という意味であり、寺院の敷地内を指しています。
世俗とは切り離した、神聖な領域ということを強調した言葉です。



宗務所という言葉について


新しい宗教法人法に基づき、戦後ほとんどの宗派で宗務所、宗務庁、宗務院と呼ばれる本山とは別の行政上の機関を発足させました。
それ以前には本山が持っていた権限は、全国から選挙によって選ばれた住職により運営されるこの機関に移されました。
これにより本山の住職は、宗教法人の代表役員である宗務総長と違い、象徴的存在としている宗派が多くなりました。



本山という言葉について


その宗派の最高位にあたる寺院のことを本山といいます。本山が複数ある場合には、さらに大本山、総本山などを上位においている宗派もあります。
これに対して、その宗派に所属する一般寺院は末寺という名称で呼ばれます。
この本山・末寺の関係は平安時代のころに地方の小さい寺院が中央にある大寺院の経済力・政治力を頼ったところから始まったとされています。
後に江戸時代には、幕府により全ての寺院をいずれかの宗派に組み入れ、本山・中本山・直本山・末寺という上下関係のはっきりとした統括関係がつくられました。



護持会という言葉について


戦前までは檀家制度が社会の慣習として強く生きていたため、お寺側から檀家に働きかけ信者の組織を作るということはありませんでしたが、戦後信教の自由がより明確になると、必ずしも檀家という発想に縛られない人がでてきたため、お寺と檀信徒の関係を保ち結びつきを強くするために各寺院ごとに護持会という信者組織が作られるようになりました。
しかし実際には宗派を統括する宗務所に納める宗費や、改築などの寄付金の収集機関としての色合いが強いようです。



世話人という言葉について


世話人とは檀信徒とお寺の間に立ち、行事の連絡や役割分担、護持会費の徴収など、様々な仕事をこなす人のことをさします。
世話役という呼び名もあるようです。
通常は各町村、地域ごとに選び、その選出方法には地域ごとの檀信徒による話し合いや住職・総代が人選し指名、順番制などがあるようです。



檀徒総代という言葉について


檀徒総代とは、檀家を代表する立場にある人のことをさします。
略して総代ともいいます。
戦前ではお布施を多くできる経済力のある地主や資産家がの家が代々つとめ、その家が「院号」などの戒名をさずかっていましたが、戦後は有識者とされる人が選ばれるケースが多くなってきているようです。



阿闍梨という言葉について


阿闍梨という言葉はサンスクリット語の「アーチャーリ」という言葉を音訳したもので、日本語では「教授」や「規範師」という言葉に訳されます。
とくに真言宗や天大宗において密教の修行を積んだ高僧にたいして使われる呼び名です。



師家という言葉について


師家という言葉は禅宗における修行道場の指導責任者のことを表します。
住職がその立場を兼ねることもありますし、また別の人がその立場になることもありますが、臨済宗においては公案をとおり、印可証明を受けた人に限られています。



方丈という言葉について


方丈という言葉は禅宗の寺院において住職にあたる人を表す言葉です。
その由来は維摩経の主人公、維摩居士の居室が一丈四方であったことから、禅宗寺院の住職の居間を方丈と呼んだことにあります。



上人という言葉について


上人という言葉は、日蓮宗・浄土系の僧侶に対して使われる呼び名です。

また、とくに親鸞・日蓮に対してのみ「聖人」という言葉が使われます。

浄土系・日蓮宗では由緒あるお寺の住職を御前様とも呼びます。



和尚という言葉の由来


和尚という言葉はサンスクリット語の「ウバードヤーヤ」の音訳からできた言葉で、戒を授ける師尊を意味します。

真言宗・律宗ではワジョウ(和尚)、華厳宗・天台宗ではカショウ(和尚)と呼ばれます。



坊主という言葉の由来


大きい寺院に所属する僧侶は、平安時代末期より、その所属する寺院の区域内に住居として「坊」という末寺を構えだしました。

その坊のあるじ(主)ということで坊主という言葉で呼ばれるようになりました。

その後、室町時代から一般の僧侶も坊主とよばれるようになりましたが、敬意をこめた意味で使われないことが多い言葉です。



住職という言葉の由来


住職とはお寺を主管し、維持をする役割を持つ僧侶のことです。

中国ではその役割を持つ僧侶のことを寺主・維那といわれておりましたが、宋代以後、住持職と禅寺において呼ばれるようになり、それが日本に伝わり、略され住職と呼ばれるようになりました。

また、住職という言葉以外にも僧侶のことを表す呼び名には、坊主・和尚・上人・方丈・師家・阿闍梨などの言葉があります。



菩提寺あるいは菩提所


菩提という言葉は元々さとりを表す言葉でありましたが、亡くなり成仏をするという意味でも使われるようになりました。
それ故、御先祖様の遺骨を葬り。位牌を安置し弔うために建てられた寺院を菩提寺、あるいは菩提所というよになりました。



江戸時代の檀家制度


江戸時代に徳川幕府はキリシタン禁制のため、全ての人を仏教に帰属させるため宗旨人別帳をつくりました。
この制度によって人々は転居や結婚などの際に所属する宗派の寺院から身分証明書となる寺請証文を受けなければならなくなりました。
このことを檀家制度といいます。


日時:2011年04月26日 15:55
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