アートメモリーのブログ、2011年10月のアーカイブ

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三十番神とは


三十番神とは、日本国中の諸神30神が、一ヶ月を毎日交代で、仏教の広まる国土を守護するという神仏習合の信仰です。
日本では最澄が、法華経の「法師功徳品」の教えに基づき、法華経の守護神として勧請したといわれており、それを30神で構成するのは中国五代時代に行われた「三重仏名」に由来するであろうといわれています。
また如法経守護の三十番神は、日蓮宗や天台宗で信仰され、広くこれを勧請し番神堂などに祀りました。


2011年10月31日

道祖神とは


道祖神(どうそじん)とは、村落を外敵や悪霊から守り、村人の病気を除けるため、村の境界を守護する神です。
境の神であることから、塞の神とも呼ばれます。
後に旅人を守護する神、道路の神ともいわれ、一般には男女二神を並べ配したり、丸石をその神霊が宿るものとして祀られます。


2011年10月26日

金比羅とは


金比羅(こんぴら)とは、もとはインド王舎城の守護神であり、クンビーラという名前の神です。
仏法守護にあたる夜叉神の上位の神であり、薬師十二神将の宮毘羅大将、または般若十六善神の禁毘羅大将と同体とされます。
後に中国に入り、その名がワニの一種である蛟竜と漢訳されたため、航海を守る神として金毘羅竜王となり、また水の神として、火難除けに信仰されました。


2011年10月25日

牛頭天王とは


牛頭天王(ごずてんのう)は神道の説では日本古来の神・スサノオノミコトにあたるとされる神です。
もとはインドの祗園精舎の守護神であったといわれ、薬師如来の垂迹神とされています。
元慶年間(877〜885年)に平安京の八坂郷に勧請されたといわれ、京都の八坂神社(祗園社)の祭神となり、祗園天神ともよばれます。そして、ここを中心に疫病除けの神として、八王子・天王社などの名前で、全国に信仰が広まりました。
その姿は、二臂から多臂のものまでさまざまであり、多くは甲冑をつけ忿怒の相を示し、牛頭をいただきます。


2011年10月24日

僧形八幡神とは


僧形八幡神(そうぎょうはちまんじん)とは、神仏習合思想により、僧の姿であらわされた八幡神です。
八幡神は本来は北九州を拠点とした宇佐氏の氏神であり、宇佐八幡宮の祭神で、穀霊神・銅産の神としての信仰がありました。
奈良時代に東大寺大仏造立の託宣を発したことにより、中央に進出し、鎮護国家の神となり、仏教との関係も深まり八幡大菩薩と称されました。
僧形の八幡神の造形がはじめられたのは、平安時代のことであり、本来偶像をもたない日本の神道において、神像をつくる先駆けとなりました。


2011年10月20日

雨宝童子とは


雨宝童子(うぼうどうじ)とは、正しくは「金剛赤精善神雨宝童子」という、神仏習合の尊です。
両部神道では、天照大神が日向国に降り立ったときの姿を示すとされ、また大日如来の化身ともいわれます。
天長二年(825年)に空海が伊勢の朝熊山で虚空蔵求聞持法を修した折に、天照大神の託宣があり、制作したものとされており、「雨宝童子啓白」には三界諸仏の根本であると説かれています。
その姿は天女形で、頭上に五輪塔をいただき、右手に金剛宝棒をとり、左手には宝珠を持ち、ときに足下に白狸を踏むことがあります。


2011年10月19日

伊豆山権現


伊豆山権現(いずさんごんげん)とは、走湯権現ともいわれる静岡県・伊豆山神社であり、鎌倉時代に源頼朝の尊崇を受け、その後は北条氏や徳川家など東国武士を中心に広い信仰を受けました。
伊豆山神社本社に祀られる平安時代の伊豆山権現は、一木造で、頭に巾子冠をつけ、ほうをまとい、沓を履く姿ですが、その後広く知られるのは、頭に烏帽子をいただき、あごひげをたくわえ、指貫を着け、直衣の上に袈裟をまとう姿です。


2011年10月18日

清滝権現とは


清滝権現(せいりゅうごんげん)とは、水をつかさどり、寺を守るといわれる密教の守護神です。
沙迦羅竜王の三女・善女竜王といい、如意輪観音・准胝観音の化身ともいわれます。
空海が渡唐の折に現れ、三摩耶戒(さんまやかい:密教で説く戒め)を授かりたいと申し出たが許されず、帰国の船中で再び現れ、密教の守護を誓ったため、空海は神護寺に勧請して祀りました。
その姿は宝冠をいただき、小袿をつけた女官が、手に宝珠を持つ和様の姿であらわされます。


2011年10月17日

高野明神とは


高野明神(こうやみょうじん)とは、和歌山県・高野山の鎮守神で、山麓の天野神社に祀られる祭神です。
もとは天野神社の地主神でしたが、弘仁七年(816年)に空海が高野山を開創したのちに、高野山の地主神として山上に迎えられました。
伝説によれば、空海が真言密教の根本道場を開く土地を探しているとき、大和国宇智群で二匹の犬をつれた猟師に出会い、自分の所有する高野のちを大師に献じて造寺に協力するとして、その犬に山を案内させたといわれています。これが高野明神であり、狩場明神・犬飼明神ともいわれる由縁です。


2011年10月16日

摩多羅神とは


摩多羅神(またらじん)とは円仁が入唐後帰朝の際に船中で感得し、延暦寺の常行三昧堂の守護神として勧請された神です。阿弥陀経、そして念仏の守護神として知られ、これを敬わない者の往生を妨げる神ともいわれます。
平安時代末から鎌倉時代にかけ、天台宗の玄旨帰命壇という灌頂儀式の本尊として迎えられ、多くの彫像や画像がつくられましたが、江戸時代中期以降は邪教として禁止されました。


2011年10月15日

赤山明神とは


赤山明神(せきざんみょうじん)とは天台宗の守護神です。
入唐中の円仁は、求法の目的を成就せんと願い、赤山法華院の山神・泰山府君に帰朝後に禅院を建立することを誓いました。そして円仁没後、弟子の安恵がその意思を引き継ぎ、西坂本の地に鎮守として勧請し、祠堂を建立し、赤山禅院と号しました。
その後、延暦寺の別院として重きをなし、赤山権現に対する信仰も東坂本・山王社の山王信仰のそれ同様に高まり、やがて園城寺の新羅明神と対比される神となりました。


2011年10月14日

新羅明神とは


新羅明神(しんらみょうじん)とは天台宗寺門派の滋賀県・園城寺の守護神であり、園城寺五社鎮守のひとつです。
天安二年(853年)に入唐した円珍の帰朝の際に船中にあらわれたと伝えられており、また円珍が帰国したのちに現在の園城寺の地にあらわれ、その地を聖地であると円珍にすすめ、自らも垂迹し、新羅明神となったとも伝えられています。


2011年10月13日

春日赤童子とは


春日赤童子(かすがあかどうじ)は古くから法相宗護持の尊として尊ばれ、学僧を守護する守護神ともされた神です。その成立は、春日四明神の三宮・天児屋根命の天孫降臨の際の従者、御蓋山の雷神の影向、興福寺南円堂不空羂索観音の変化神などの諸説があります。
その姿は、身を赤色に彩り、髪を両肩にたらし、岩座に立つ童子で、左手を右手の上に頬杖するように置きあごをささえ、杖にもたれかかるような独特なものです。


2011年10月12日
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